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雨の夜の青空

a)
遅番のときは職場で夕食をとるのだが、早番の日は家で母と食べる。仕事中の食事は、15分もすれば、もう仕事に戻ってしまうが、家だと、のんびりしているせいか、食後、強烈な睡魔に襲われる。普段は、母を寝かし付けてから、皿洗いなど始め、自室に戻るところ、そういうときは、食卓で椅子に座ったまま、眠りこけていたりする。そのあいだ、母は隣で、わたしが目を覚ますまでテレビを眺めている。脳梗塞と認知症で、言語理解に支障のある母は、テレビで交わされている会話のほとんどを理解できていないのだが、それでも、じっと画面を見つめていて、時折、奇妙なタイミングで相槌を打ったり、画面が一番盛り上がっているときに、とんでもなくつまらなそうなため息をついたりするので、なかなか興味深い。

バラエティでも見ていれば、そこそこ退屈しないのではないかなどという判断で、見たくもないそうした番組を流しておくこともあるが、そういうときの母の反応は、たいてい不機嫌で、ゲラゲラ笑いあっている芸能人が気の毒になるほど、「no!」という顔で不快をあらわにするので、別のチャンネルに替えることになる。ただ、ひとつ、比較的、彼女を満足させることのできるジャンルは、時代劇のようで、母がもう寝床に入ってしまったあと、テレビがそのままつけっぱなしになっていて、そこで、時代劇が始まったりすると、その音を聞きつけて、そろそろとまた起きてきたりする。「あら、これ見たいの?」と笑ってしまう。こくっと母がうなづく。言語理解に支障があるはずの彼女が、時代劇のセリフを聞きつけて起きてくる、ということ。昨夜も、居眠りしているわたしの横で、彼女は時代劇を一心に見ていた。昨夜の時代劇では、西内まりあが、なかなか初々しい武家の娘役で出ていて、わたしも途中から、集中して見た。剣の達人であるはずの主人公の殺陣がいまひとつ脇が甘くて惜しかったけれど。人を殺したくない剣の達人という設定なので、「殺気」を感じさせてはいけないのかな。相手を生かすための「殺陣」。

b)
お花見のあとに、こんな冷たい雨。すくすくと伸びた庭のチューリップたちが、蕾を硬くして、開花を我慢しているように見える。もう少し、暖かくなったら、一斉に咲き出すことだろう。

しばらく前から、青空文庫の「新着情報」のページに気をつけているのだが、このところ、中原中也の文章が、増えている。中也は1937年に亡くなっている。日本が、先の戦争に突入してゆく、ちょうどその時期に他界したことになるが、中也が病死することなく、戦中を生き抜いていたら、どんな詩を書いていたのだろうか。

青空文庫 新着情報
 https://www.facebook.com/aozorabunko.shinchakujoho

小林秀雄が中也の死を書いた「中原中也の思ひ出」という文を、毎年、春になると読みたくなるのだが、それは、その「思ひ出」が、鎌倉妙本寺の境内に咲く海棠を小林と中也がふたりで眺めた季節でもあるからなのだろう。

 晩春の暮方、二人は石に腰掛け、海棠の散るのを黙って見てゐた。
花びらは死んだ様な空気の中を、真っ直ぐに間断なく、落ちてゐた。
樹陰の地面は薄桃色にべったりと染まってゐた。
あれは散るのぢゃない、散らしてゐるのだ。
 (中略)
花びらの運動は果てしなく、見入ってゐると切りがなく、
私は、急に厭な気持ちになって来た。
我慢が出来なくなって来た。
その時、黙って見てゐた中原が、突然
「もういいよ、帰らうよ」と言った。
私はハッとして立上り、動揺する心の中で忙し気に言葉を求めた。
「お前は相変わらずの千里眼だよ」と
わたしは吐き出す様に応じた。
彼は、いつもする道化た様な笑ひをして見せた。
   (小林秀雄「中原中也の思ひ出」より)

by kokoro-usasan | 2015-04-11 02:33 | つぶやき | Comments(1)
Commented by めざ at 2015-04-12 01:31 x
私の祖父も、認知症が進んでからは時代劇を好んでいたようです。ヘルパーさんが、気を利かせて水戸黄門を3本ばかり録画して、祖父がつまらなさそうにしているときに、再生してくれていました。
セリフを完全には理解していないし、テレビ画面がドラマ(劇)であるとは思っていないようで、町娘がやくざ者にいじめられる場面では涙を流して気の毒がっていました。変な知恵のついた大人を超越した純粋な人になっていて、変に感動したことを思い出しました。
その代わりといってはなんですが、ドラマ3本のローテーションでも毎回感情移入してくれるのはありがたいことでもありました。
つくづく人の一生は不思議なものだと思います。


閉じられていないもの


by kokoro-usasan

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