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「春の一族」

昨夜、you tubeで「春の一族」というテレビドラマ(山田太一脚本/深町幸男演出)を見た。1993年に放映されたものらしいのだが、わたしは初めて見た。

本郷菊坂の古いアパートに緒方拳扮する訳ありらしい50代の男が単身で引っ越してくるところから話は始まる。アパートの管理人は、江戸家猫八で、お節介な下町気質の雰囲気をよく醸し出している。アパートといっても、今のように、外側の通路にドアが並ぶ建物ではなく、一軒の家の中に、それぞれの部屋があるという昔懐かしい寮のような佇まい。何部屋も空きがあるらしく、1階には、緒方拳と、登校拒否の高校生浅野忠信のふたり、2階には、近所の惣菜店で働く十朱幸代と、四国から出てきた幼馴染の女子大生、中島唱子と国生さゆりの二人組しか住んでいない。おおまかな掃除のルールくらいはあるようだが、「干渉しない」ということが暗黙の了解になっている。江戸家猫八でさえ、そのへんのところは、若者に嫌われないように気をつかっているのだが、新しく入った緒方は、強面の雰囲気とは裏腹に、やたらに住居人たちに話しかけるので、みんなに牽制されてしまう。「ほっといて」というのが、緒方に浴びせられる共通の言葉。このあたりの、「人に干渉されたくない」心理を、山田太一という人は、見事に描くなぁと思う。人物たちの発するありふれた短いセリフに、はっとするほど鋭い観察が効いている。

たとえば、女子大生たちが、出かけてゆくとき、緒方は「行ってらっしゃい」と一言二言会話をかわそうとするのだが、彼女らは鬱陶しそうに、足早に出ていってしまう。それを見た江戸家猫八が言う。「出かけるときに、ひとと会うと、あの子たち機嫌が悪くなっちゃうんだよ」女子大生たちは、女子大生たちでつぶやく。「靴、はいてるとこ、見られるのいやだよね」

ひりひりとするものがある。「機嫌が悪くなる」「傷つく」という心の揺れとその表現が、実に、肉体の浅いところで噴出してしまっているのだが、その病巣のようなものは、本当はもっともっと深いところにあり、そこまで、手を当ててゆかなければ、それらの過敏で短絡的な反応を和らげることはできない。

が、このドラマでの緒方の役割は、そういう天邪鬼な住居人たちの心を、どう解いてゆくか、などというものではなく、緒方本人が、やむにやまれず、ひとに言葉をかけてゆかずにはいられない心の内側、その理由を、見るものに示してゆくことにあるのだろう。緒方は、他者に「あなたはこうだろう」とはほとんど言っていない。人に、一方的に、変われ、とも言っていない。緒方が身悶えしながらつぶやく言葉は、「自分が」変わりたい、という言葉だ。そして、それを、変わるという「自分の行為」で、叶えようとしている。

ドラマには幾筋もの糸が絡まり合っており、その周縁にある人たちの人情の機微にも強い印象を受けた。このドラマの卓抜した魅力をもうひとつあげるなら、やはり、江戸家猫八と、近所に住む内海桂子の最後のシーンだろうか。お節介大好き、人に関わるのが大好きな人たちの、あのいじらしいまでの別れの会話は美しい。関わりの希薄な世の中を告発しながらも、脚本家は、最後に一点、関わるということの別の意味で、強く、深く、温かいものを、見せてくれた。


見終わって、緒方拳という俳優が、今はもうこの世にいないということが、急に、とても寂しくなってしまった夜だった。いい俳優さんだったなぁ。
by kokoro-usasan | 2015-01-29 11:49 | つぶやき | Comments(2)
Commented by めざ at 2015-02-02 15:50 x
Facebookに出入りしているせいだと思うけれど、「いいね!」ボタンがあったらいいなあと思いました。
あれこれと書き並べることなく「いいね!」を押したい。そんなお話ですね。
Commented by kokoro-usasan at 2015-02-03 12:52
 「いいね!」を押し合う世界になったせいか、最近の大学生は、ちょっと「批評」をすると、すぐにそれを「批判」(もしくは非難)と捉えて、「傷ついた」「ひどい」っていう流れになるので、議論がしにくいという記事を読んだことがあります。よいしょばかりされて、異議を唱えられることに慣れていないと、今の日本の首相のように、貶められたと感じて、感情的になり、内容のある討論のできない人間になってしまうので、あの、「いいね」というシステムは、もっとお年寄りになって、人生を味わいつくした方たちが、ぽちっとやるときには重みを持つけど、子供のころから、ああいうのばかり押させるのは、どうかなぁと思うときが、ちょっとあります。
という屁理屈はいいとして、
めざさん、ありがとー。「いいね」ボタンはないけど、「いいね」と打ち込んでいただけて、うれしいです。


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