36℃
a)
朝一番、新宿で映画を観て(「書くことの重さ」稲塚秀孝監督)、その足で世田谷文学館に向った。映画は思った以上に心を捉え、上映の最終日だったせいか、期せずして監督自らのお話を聞くこともでき、嬉しかった。上映館のK's cinemaに入るのは、綿井健陽さんの「little birds」以来で、それはもう10年近く前のことであろうに、そのときより、会場が明るくきれいになっているように思えたのが不思議だった。前回は夜に行き、今回は朝に行ったというだけの違いなのかもしれないが。映画の中、佐藤泰志が、初めて芥川賞候補になったとき、取材に訪れた記者たちが誰一人として彼の作品を読まないままインタビューに臨んでいたというエピソードが、わたしには妙にショッキングで、「誰かひとりくらい読んでくるだろうと思っていたから」という当時の記者のかたの告白を聞きながら、ふっと、「生きる」ことの淋しさに胸がふさがる。中盤で堀江敏幸さんが「書くことは、他の労働と同じく、体力を消耗するもの、命を削らずに書いている人などいない」というようなコメントをされていたが、その言葉にじんとしつつ、けれど、それがどのような形で報われるものかは、誰も言い当てられない。「あなたが思うのとは違う形で」そんな福音書の言葉が心に浮かぶ。
b)
世田谷文学館では今、幸田文展をやっているのだ。昼食がまだだったので、館内の喫茶店で軽く何かを食べようかと思ったら、文ゆかりの「どら焼」というのがメニューにあり、どら焼ひとつでは、おなかが一杯にはならないだろうなと迷いつつも、結局それにしてしまった。中庭に面して円形に張られた窓辺の席に座る。この喫茶店では、障害を持った方たちが働いている。大変丁寧な言葉遣いで、注文をとりにきてくれた。黒い石のテーブル面に、空が映りこんでいる。なにか陶然として、水たまりの中を覗き込むようにその空をじっと見つめた。見覚えのある枝の形に気づき、あ、これはと思い、実際の中庭の樹木に目をやれば、案の定、百日紅。雨で木肌がまだらに濡れていた。若いころ、文は父露伴の「五重塔」における主人公の性格のつくりかたを、「しつこい」と思ったという。頑固という性質をこんなにしつこくしなくても、と。そこを読んで、わたしは、ちょっとニヤっとなる。父親の文章が「しつこい」かどうかということと、娘がそれを「しつこいと気づき」、しかし後年、この「しつこさが必要だったのだ」と合点するということは、単に方程式で解のでる話ではなく、父と娘の間の化学反応のようなものだろうと感じる。この化学反応が、この親子を実に面白い関係にしたのだろう。奥行きのある親子だ。文は晩年、「崩れ」というものに興味を持ち、日本中の「崩れ」た場所を見て歩いたが、その比類ない「しつこさ」は、なにか、「五重塔」のそこから、長いときを経て開花したような、そんな感慨さえ思い起こさせる。露伴が書いた谷中の五重塔は昭和の中頃焼失して、そのまま再建されていない。一方で忘却をあおるようにオリンピックの準備ばかり進む。
c)
揺れが続く関東地方。政府は今後、いろいろなものを隠したいのだろうが、原発事故の正確な情報なども、すかさず「特定秘密」に指定されそうな気がする。罪になるかもしれないと知りつつ事実を隠蔽すること(発覚した場合の責めは負う覚悟であること)、それによる深い後ろめたさに苛まれることなく、恣意的に隠蔽を正当化することが可能となりそれが常態化したとき、ときの権力は自らを謙虚に律することができるだろうか。主権在民というものはどうなるのだろうか。隠すべきではないことを隠した疑いのあるときに、それを検証し、訴追し、断罪する手段が、国民にない。逆に、それを追及した者が、訴追され、投獄されてしまう。7時のNHKニュースを見れば、「与党のこの動きに対して、野党は」といって紹介されたのが、基本、この法案に与している「みんなの党」と「維新の会」のふたつだけ。明確に反対すると表明している別の野党もあるだろうに、それは画面に映らなかった。いたるところに隠蔽がある。それは周知の事実かもしれないが、「罪に問われない隠蔽」を、国民ではなく、権力者側が恣意的に設定できるということに深い疑念を抱く。反対だ。
朝一番、新宿で映画を観て(「書くことの重さ」稲塚秀孝監督)、その足で世田谷文学館に向った。映画は思った以上に心を捉え、上映の最終日だったせいか、期せずして監督自らのお話を聞くこともでき、嬉しかった。上映館のK's cinemaに入るのは、綿井健陽さんの「little birds」以来で、それはもう10年近く前のことであろうに、そのときより、会場が明るくきれいになっているように思えたのが不思議だった。前回は夜に行き、今回は朝に行ったというだけの違いなのかもしれないが。映画の中、佐藤泰志が、初めて芥川賞候補になったとき、取材に訪れた記者たちが誰一人として彼の作品を読まないままインタビューに臨んでいたというエピソードが、わたしには妙にショッキングで、「誰かひとりくらい読んでくるだろうと思っていたから」という当時の記者のかたの告白を聞きながら、ふっと、「生きる」ことの淋しさに胸がふさがる。中盤で堀江敏幸さんが「書くことは、他の労働と同じく、体力を消耗するもの、命を削らずに書いている人などいない」というようなコメントをされていたが、その言葉にじんとしつつ、けれど、それがどのような形で報われるものかは、誰も言い当てられない。「あなたが思うのとは違う形で」そんな福音書の言葉が心に浮かぶ。
b)
世田谷文学館では今、幸田文展をやっているのだ。昼食がまだだったので、館内の喫茶店で軽く何かを食べようかと思ったら、文ゆかりの「どら焼」というのがメニューにあり、どら焼ひとつでは、おなかが一杯にはならないだろうなと迷いつつも、結局それにしてしまった。中庭に面して円形に張られた窓辺の席に座る。この喫茶店では、障害を持った方たちが働いている。大変丁寧な言葉遣いで、注文をとりにきてくれた。黒い石のテーブル面に、空が映りこんでいる。なにか陶然として、水たまりの中を覗き込むようにその空をじっと見つめた。見覚えのある枝の形に気づき、あ、これはと思い、実際の中庭の樹木に目をやれば、案の定、百日紅。雨で木肌がまだらに濡れていた。若いころ、文は父露伴の「五重塔」における主人公の性格のつくりかたを、「しつこい」と思ったという。頑固という性質をこんなにしつこくしなくても、と。そこを読んで、わたしは、ちょっとニヤっとなる。父親の文章が「しつこい」かどうかということと、娘がそれを「しつこいと気づき」、しかし後年、この「しつこさが必要だったのだ」と合点するということは、単に方程式で解のでる話ではなく、父と娘の間の化学反応のようなものだろうと感じる。この化学反応が、この親子を実に面白い関係にしたのだろう。奥行きのある親子だ。文は晩年、「崩れ」というものに興味を持ち、日本中の「崩れ」た場所を見て歩いたが、その比類ない「しつこさ」は、なにか、「五重塔」のそこから、長いときを経て開花したような、そんな感慨さえ思い起こさせる。露伴が書いた谷中の五重塔は昭和の中頃焼失して、そのまま再建されていない。一方で忘却をあおるようにオリンピックの準備ばかり進む。
c)
揺れが続く関東地方。政府は今後、いろいろなものを隠したいのだろうが、原発事故の正確な情報なども、すかさず「特定秘密」に指定されそうな気がする。罪になるかもしれないと知りつつ事実を隠蔽すること(発覚した場合の責めは負う覚悟であること)、それによる深い後ろめたさに苛まれることなく、恣意的に隠蔽を正当化することが可能となりそれが常態化したとき、ときの権力は自らを謙虚に律することができるだろうか。主権在民というものはどうなるのだろうか。隠すべきではないことを隠した疑いのあるときに、それを検証し、訴追し、断罪する手段が、国民にない。逆に、それを追及した者が、訴追され、投獄されてしまう。7時のNHKニュースを見れば、「与党のこの動きに対して、野党は」といって紹介されたのが、基本、この法案に与している「みんなの党」と「維新の会」のふたつだけ。明確に反対すると表明している別の野党もあるだろうに、それは画面に映らなかった。いたるところに隠蔽がある。それは周知の事実かもしれないが、「罪に問われない隠蔽」を、国民ではなく、権力者側が恣意的に設定できるということに深い疑念を抱く。反対だ。
by kokoro-usasan
| 2013-11-16 23:47
| 日々
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