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傷だらけの。

夕飯の片付けをしながらつけていたNHKの番組から姜尚中さんの声がしてきたので、ちらちらと覗きにいったが、じっくり腰を落ち着けて見るでもなく、皿洗いが一段落してテレビの前に戻ったときには、もう終ろうとしているところだった。姜尚中さんの声は独特な静けさがあるのだけれど、確か2002年から2005年頃にかけて、結構色々な場所で間近に接する機会が重なった。このところ話題づいている「従軍慰安婦」問題のシンポジウムがかつてあったときも、すぐ後ろで中原道子さんとおしゃべりされていて、その不思議に耳に心地よい声で、あ、姜さんだ、と思わず振り向いたくらいだった。別のイベントのときは、高橋哲哉さんとご一緒で、同じ東大で仕事をしてるのに、姜さんは、事務関連の仕事を逃げるのが上手くて、みんな自分にまわってくる、と高橋さんが笑いながらぼやいていたのが印象的だった。そんなときでも姜さんは涼しげに微笑んでいて、あはは、これじゃほんとに高橋さんが「してやられる」のもわかるなと可笑しかったものだ。あれからもう10年ということか。

冒頭のNHKの番組は姜さんがさきごろ書かれた小説にまつわる内容で、4年ほど前に亡くされた息子さんとのことがテーマになっているようだった。10年という月日はあっという間なようでいて、人の生死という話でいえば、その間にどれだけの人が大切な人を喪っているかを思えば、けして短い月日とも思えない。今、穏やかに微笑むことのできる人の心の奥に、どれだけの悲嘆や葛藤があったのかをわきまえられるようでいたい。「ひとの心に土足で踏み込むな」とは、結局、そういう配慮のことなのだと今更のように思う。

傷だらけの。_e0182926_2218284.jpgそんな中で、これはきょうの新聞ではないけれど4月27日千葉の幕張メッセで開催されたニコ動のイベントの自衛隊ブースで撮影された現在の日本国首相の写真だ。迷彩服を羽織り10式戦車から手を振っている。「軍服で戦車に乗り込み笑顔で手を振る」首相の写真を見るのは、わたしは生まれて初めてだ。軍事独裁政権?チャップリンがやるならまだしも、実際の首相がこのパフォーマンスにご満悦というのは洒落にならないんじゃないかと思う。

2004年、慌てて反対デモなどに参加したものの、たったの2ヶ月で、重大かつ危険な有事法制(国民保護法などの10案件)が、すんなり可決されてしまったときのことを思い出してしまった。これを機に、日本列島の海岸線にある主要な港湾付近の狭い道路は、道幅を広くする工事が進み、なにも知らないひとたちが、「道が広くなってきれいになった」なんて言って喜んでいるのを耳にすることがあったが、事実上、「戦車が通れる広さ」になったということにすぎなかった。勇んで始まったアメリカによるイラク戦争が大義を失うとともに、収拾のつかない治安の乱れに繋がってゆくなかで、日本国内における「有事」への緊張感も一旦薄れたが、安倍さんのこんな写真を見ると、なにか、本当に、「わきまえない」オキラクさが怖くなる。

(ちなみに、このときの有事法制関連の本の余白に、わたしのこんな書き込みが残っている。・・・アメリカはテロとの戦いとして戦争を始めているが、テロは「戦争」ではなく「犯罪」であり、「犯罪」に対して法的制裁を超えて「報復」することは、それもまた「犯罪」と定義されるものだ。 従って、アメリカによるイラク介入は、「犯罪」に当たる。・・・今読んでも、そう思う。)

丸山真男はその著作「現代政治の思想と行動」の中で、ナチスドイツの時代を振り返って語ったニーメラーという牧師の回想を引用している。
 「ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動しなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。それからナチスは、学校、新聞、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、自分はそのたびにいつも不安をましたが、それでもなお行動に出ることはなかった。それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だから立って行動したが、そのときはすでに遅かった」

ヴァカンが書いていたように、成長が頭打ちになった先進国で、今後真っ先に標的になるのは、主義ではなく、経済格差、つまり「貧困者」への攻撃だという話は、昨今の様々な流れのなかで、充分、震撼とするに足る。

すぐ治るかと思った肋間から背骨にかけての帯状疱疹なのに、やはり予後の痛みが残る。でも、このくらいの痛みが、たえず身体のどこかにあるほうが、自分のように、忘れっぽく、はすっぱな人間には、ちょうどいいような気もする。
by kokoro-usasan | 2013-05-26 22:58 | きょうの新聞から | Comments(0)


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