勇気 もしくは権利
アジアの火種に火がついたとき、自国の領土はそこから離れているが、莫大な軍需利益が見込まれる最大の先進国はどこかということを、アタマのすみに必ず置いて、それを忘れずに、これからアジアに起こる出来事、そしてそれらの報道のされかたを注視していたい。。
今、日本では、その国の為政者というよりも、その国の軍需産業と気の合う為政者がトップに立っており、そのことは、彼らをほくそ笑ませ、失われる命よりも輝かしい富の独占に、さらなる欲望を募らせていることだろう。
あるいは、それはその国の人間でさえないかもしれない。国籍など無関係な、ただの欲望の奴隷たち、神経をすり減らすゲーマーたちなのだろうか。恐怖と隣り合わせの、なにか途方もなく惨めな不自由さのなかで、その生は費やされるのみなのかもしれない。そこから手を引こうとすれば、自分の命があぶないような場所にいる彼らのために、そういう類稀な能力を与えられなかった、圧倒的に貧しく、それゆえに気ままなわたしにできるのは、その挑発に乗らないことで彼らのその死のゲームを終らせる助けをすることぐらいしかない。
怖いから武器を取る、という連鎖が始まったとき、人と同じように武器をとって、きのうまで命は大切と言いつづけたその心を自ら裏切り、とりたてて個人的に恨みもない他国の人間を殺傷する「勇気」をもつのか、それとも、おまえは、非国民かと罵られるなかで、武器をとらないという責めに耐えつづける「勇気」をもつのか。
たとえば、絶対安心とそそのかされて原発を誘致したものの、爆発したあとの補償も定かならぬまま、土地を追われた自国民が、今まさにそこにいるというのに、人も住んでいない島が、どの国のものかという問題を、この時期に国をあげてしなければならないからくりはなんなのか。簡単に、可視化できないものが、そこに蠢いていることを、よく牽制する知性が、これら当事国のなかに、それぞれ、勇気をもって存在してくれることを、願わずにはいられない。
不思議なことに、生きてゆくことに疲れた国民ほど、武器をとる。内政、外交、そのどちらも目晦ましのような状態のまま生産という地道な努力が実を結ばないことに絶望すると、再起への意志も萎え、あたかも破壊の先に光明が見えるかのような期待、蜃気楼のような希望を抱いてしまう。
以前、知人が、「誤解される権利」「嫌われる権利」が人間にはあると教えてくれたとき、わたしには、どうもそれがよく理解できなかった。もともと「権利」というものの実態がよく理解できないでいるせいでもあるのだけれど、嫌われることに「権利」をつけるのは、ただのやせ我慢というものにも思えた。
これを、ソフトに言い換えれば、おそらく、「嫌われる勇気」になるだろう。そうなると、少し、ニュアンスはわかりやすい。でも、多くの立ちはだかる壁に抗ってきた知人は、それを、もはや「勇気」という道徳的な色彩のただよう慎ましい言葉ではなく、「権利」と言った。弱いわたしは、この反転をまだ本当には理解できていない。これから、わかるようになるだろうか。
勇気もしくは、権利。
黙祷、ならびに黙闘。
黙闘、いい言葉を聞いた。
今、日本では、その国の為政者というよりも、その国の軍需産業と気の合う為政者がトップに立っており、そのことは、彼らをほくそ笑ませ、失われる命よりも輝かしい富の独占に、さらなる欲望を募らせていることだろう。
あるいは、それはその国の人間でさえないかもしれない。国籍など無関係な、ただの欲望の奴隷たち、神経をすり減らすゲーマーたちなのだろうか。恐怖と隣り合わせの、なにか途方もなく惨めな不自由さのなかで、その生は費やされるのみなのかもしれない。そこから手を引こうとすれば、自分の命があぶないような場所にいる彼らのために、そういう類稀な能力を与えられなかった、圧倒的に貧しく、それゆえに気ままなわたしにできるのは、その挑発に乗らないことで彼らのその死のゲームを終らせる助けをすることぐらいしかない。
怖いから武器を取る、という連鎖が始まったとき、人と同じように武器をとって、きのうまで命は大切と言いつづけたその心を自ら裏切り、とりたてて個人的に恨みもない他国の人間を殺傷する「勇気」をもつのか、それとも、おまえは、非国民かと罵られるなかで、武器をとらないという責めに耐えつづける「勇気」をもつのか。
たとえば、絶対安心とそそのかされて原発を誘致したものの、爆発したあとの補償も定かならぬまま、土地を追われた自国民が、今まさにそこにいるというのに、人も住んでいない島が、どの国のものかという問題を、この時期に国をあげてしなければならないからくりはなんなのか。簡単に、可視化できないものが、そこに蠢いていることを、よく牽制する知性が、これら当事国のなかに、それぞれ、勇気をもって存在してくれることを、願わずにはいられない。
不思議なことに、生きてゆくことに疲れた国民ほど、武器をとる。内政、外交、そのどちらも目晦ましのような状態のまま生産という地道な努力が実を結ばないことに絶望すると、再起への意志も萎え、あたかも破壊の先に光明が見えるかのような期待、蜃気楼のような希望を抱いてしまう。
以前、知人が、「誤解される権利」「嫌われる権利」が人間にはあると教えてくれたとき、わたしには、どうもそれがよく理解できなかった。もともと「権利」というものの実態がよく理解できないでいるせいでもあるのだけれど、嫌われることに「権利」をつけるのは、ただのやせ我慢というものにも思えた。
これを、ソフトに言い換えれば、おそらく、「嫌われる勇気」になるだろう。そうなると、少し、ニュアンスはわかりやすい。でも、多くの立ちはだかる壁に抗ってきた知人は、それを、もはや「勇気」という道徳的な色彩のただよう慎ましい言葉ではなく、「権利」と言った。弱いわたしは、この反転をまだ本当には理解できていない。これから、わかるようになるだろうか。
勇気もしくは、権利。
黙祷、ならびに黙闘。
黙闘、いい言葉を聞いた。
by kokoro-usasan
| 2013-03-11 12:33
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by kokoro-usasan
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