五月

a)
「どうにもならないもの」と、「どうにかなること」でいうと、わたしの場合、圧倒的に前者に拘泥してしまう。現実的にいえば、前者に拘泥するのは時間の無駄なのであり、どうにかなることを着実にいくつもこなしていき、そうしているうちに、あら不思議、どうにもならないと思っていたことが解決できていた、というのが、自然の摂理というか、幸福のパターンなのかもしれない。でも、そういう処世訓的な話がしたいわけではない。

自分が厄介なのは、どうにもならないものに拘泥する気持ちのなかに、どうにもならないものが、どうにもならないまま「永久保存」であってほしいという未解決願望のようなものがあるのであり、だから、もしその逡巡を外から眺めているひとがいるとしたら、「勝手にしろ」とどつきたくなるような種類のものということになる。

そうやって年月はいたずらに過ぎてゆく。

b)
本棚の本を整理していて、一時的に机の上に置いた本がそのままになっていた。先日、その中の一冊がふと目にとまった。『今日は死ぬのにもってこいの日』だった。ニュー・メキシコのインデイアンと30年に渡り交流をもったナンシー・ウッドという白人の作家が、彼らの大地に根ざした死生観を詩のかたちでまとめた作品だ。1995年の出版当初から話題になった本だけれど、一昨年、母が体調を崩し、各種の病院を受診していた頃、待合室で読んでいたことがある。およそ、病院にはふさわしくない題名なのだが、本来は生の讃歌であり、どんなことが起こっても、覚悟を決めて生きるのだと確認したかったのだろうと思う。我知らず、何が大切なことなのかが、まるで認知症を患っているかのように、だんだん手繰り寄せられなくなってゆく。大地から離れ、うちには怨嗟にまみれたものをくすぶらせながら、口先だけの祈り、言うなれば、「近代的祈り」とでも言うべきものにまみれた暮らしに、疲れをいや増してゆくばかり。

c)
「僕は君が好きさ 一目会った時から
 君と踊りたくて 君と歌いたくて」(早川義夫「君でなくちゃだめさ」より)

早川義夫を聴いている。実は聴いたことがなかった。今、聴いているのは「I LOVE HONZI」という盤で、早川義夫、佐久間正英、HONZIの3人による演奏と唄だ。たまたま、この映像(↓)をyou tubeで観て、この3人の演奏をもっと聴いてみたくなった。

それにしても、この3人のうち、早川さんを除く2人が、既に他界してしまっている。もう、二度とこの演奏は再現できないと思うと、やはり、生きているうちに、やりたいことはやっておくべきだと思えてくる。それは、限りある人間の生に、いくばくかの自由な思い出作りをしておこうよ、などという意味ではなくて、「やりたいことをやっている人間」が「やりたくて」残したものには、やりたくないのにとりあえずやっているだけの人間が残したものとは、質の違う強さがある、という意味でだ。その内なる「強さ」に自分で触れ得ぬままに一生を終えるのもつまらないものだな、と。







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# by kokoro-usasan | 2018-05-06 21:00 | 日々

四月

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日記ではなく月記になってしまった。

職場や家庭で様々な変化があり、判断に窮したり、安心したり、心細くなったり、感謝したりの毎日。やらなければならないと思うこと、やったほうがよいと思うことが確かに頭に浮かぶのに、「適切に行えるのか」とつい自問してしまう自信のなさの前で立ち止まっては時宜を逸するという失敗を、この人生で何回繰り返してきたことか。仕事では、そこそこ、合理性だの整合性だのと硬い言葉を持ち出しては、揺れ動く部分を突いてゆくようなこともできるのに、私生活となると、合理性も整合性もあったものじゃない、判断不能のていたらく。情けない。

公共の福祉は、あきらかに社会の中で一定の効力を発しているにもかかわらず、子供の頃、字も読めないおばあさんが、その心ばえひとつで、困っているひとを手厚く助けたような、理屈ではない柔軟な相互扶助のようなものが、時々、とても恋しく思い出される。昨今、後者に頼るならば、前者のサービスは受けられないよ、と福祉が迫ってくるような現実の前で、ぎりぎりの判断に泣くかたも多いのではないだろうか。それでも、ひとつひとつ、慣れないながらも、できることをしてゆくしかないようなのだ。

ところで、今日、こうやってひさしぶりにブログを書き始めながら、一旦、席を立って、本棚に本を探しに行った。手に取り確かめたかったのは、レベッカ・ブラウンの「体の贈り物」だ。中には身体に関わる11の短編が収録されているが、わたしが再読したかったのは冒頭にある「汗の贈り物」の一編だった。

具合の急変したひとの汗に、ひとはうろたえる。その汗が知らせてくれる体の異変に激しく動揺する。その緊迫感がこの短い物語には漂っているのだけれど、一瞬で吹き出てくるそうした汗の、その数分前にそのひとを生かしめ、楽しませ、希望を感じさせていたものを想像する切なさや、愛しさを、わたしはこの小説で体験させられ、かつ深く印象付けられた。もう随分前に読んだ本なのに、ずっと忘れられない。

わたしは気のきく人間にはなれそうにないし、ひとへの深い思いやりを持っているとも思えない。それを自分で憂いながら、ただ、なんだか、罪滅ぼしのように思うのだ。「汗の贈り物」の話し手のように、容態の急変したひとが、その部屋に残していった、挽きたてのコーヒー豆や、デザート皿にふたつ載せてあったシナモンロールの意味を、黙ってわかってあげられるように生きていたいと。

















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# by kokoro-usasan | 2018-04-05 16:11 | 日々

三月

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いつの間にか投稿画面の仕様が変わってしまっていて入力に戸惑う。これから、仕事も年度が変わり、人事異動等、他にも勝手が変わって戸惑うことが多くなりそうだけれど、同じ場所に留まることはおろか、同じ生命体で居続けることもできないのだから、うまく、その変化にのっていかなければならないのだろう。

幼い頃、母に「習い事」をさせてほしいと願い事をした。ピアノ、習字、バレエ、体操。バレエと体操は却下された。もともとお転婆だったので、「おとなしくしてほしい」という母の思いがそれを拒んだのだろう。許可されたのは、ピアノと習字、そしてお願いした記憶がないのに何故か習いにいくことになった英語。「おとなしくしてほしい」と思うなら、本当は、思い切り体を動かす場所を与えてしまったほうが、あとは静かになるのではないかとわたしなどは思うのだが、バレエをするには短足がのちのちの悩みの種になっただろうし、体操は頑張りすぎて、骨折が絶えないなんてことになっていたかもしれないので、「もし、習っていたら」と考える必要はないだろう。

ピアノは、単なる「憧れ」で、まったく才能がないことにすぐ気付いた。すぐ気付いたのに、自分から言いだした手前、やめられず、何年も心を苛みながら、とぼとぼと教室に通ったものだ。「水曜日」が近づくと、「生命の存続」が危ぶまれるほど、気に病んだ。(子供にとっては、本当にそのくらいのことなのだよね)「だめな自分」を思い知る。「だめな自分」が不憫で、その「だめな自分」を自分の心の奥底にかくまった。そう、「匿う(かくまう)」という表現がふさわしい気がする。それは、やがて、ピアノが下手だから「だめ」なだけではなく、「だめ」な自分全般の居場所になってゆくわけだけど。

なんだか、話が、最初書こうとしていたことと、全然違うほうへ流れてしまったようだ。久しぶりのブログなのでご容赦。

地元の市議会議員の方が、非常に興味深い発信をされており、折に触れ、その言葉を考えてきたのだけれど、彼女が、次期はもう立候補しない旨コメントされているのを読み、「それは残念です」で見過ごすのは、どうも他人事すぎる気がしているのだ。
埒もない前置きが長くなってしまったので、今日はもうここまでしか書いている時間がない。また、あらためて書こうと思う。


ちなみに冒頭の絵は、なんとザオ・ウーキーの作品です。「なんと」というのも大袈裟ですが、こうした素描的な作品をあまり見たことがなかったものですから。





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# by kokoro-usasan | 2018-03-01 11:11 | 日々 | Comments(0)

綿毛

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「お母さんはお元気ですか」

大学時代の友人が遠くからそうメールをくれる。こんなことを言うと、失礼な話だけれど、彼がそんなメールをくれる人間になるなんて、学生の頃は考えもしなかった。わたしも彼も、きっとそれぞれ「無責任やさぐれ人生」を送るものだと思っていた。青臭い心のときによくあるように、「野垂れ死」なんて言葉も輝いていた時代だったわけで。

別に願わなくても、自然と野垂れ死に近い最期になるような気がしてきたわたしだけれど、放っておいたら、無責任極まりなくどこまでもだらだらしそうな自分を、なんとか社会のなかに置き続けてこられたのは、たぶん、「まぐれ」みたいなもので、もうこれ以上のはったりはきかないな、なんて最近は真摯に思うのだった。(こういうときに真摯に、というのも変だけど)

とはいえ、「まぐれ」というのは、思いがけない幸運(よい結果)をいうもので、あなたは、どちらかというと、思いがけない不運に見舞われていやしませんか、と物のわかった誰かに言われそうだ。すごく客観的に言うと、そのほうが事実に近いのかもしれないけれど、あまり人生へのモチベーションが高くないせいか、そのあたりにこだわる趣味もないのは、なんだか、全体としてよかった気がする。

あるいは、その不運こそが、わたしを社会に置かせしめたのかもしれない。不運と不幸は違うものだし。そう、きっと不運の波にのって、社会を渡ってきたのだ。ずいぶんお気楽だけれど、そういう渡り方もあるのだろかな。でも、やはり、それもまた「まぐれ」なのだとわたしは思う。何となれば、わたしは、この「まぐれ」を実はとても愛おしく思っているから。


「お母さんはお元気ですか」
ひとの親のことなんか心配してくれるひとだと思いもしなかった友人が、そうやって、ときおりメールをくれるようになったのとおなじように、わたしも、何かが暖かく深く変われているだろうか。


わたしの「まぐれ」は、まだきっと残っている。
人生から、蒲公英の綿毛のようなものを、解き放ちたい。











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# by kokoro-usasan | 2018-02-20 20:29 | つぶやき

新年にあたって。

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年末からすっかりご無沙汰してしまいました。最近、よく思い出している映画があります。イ・チャンドン監督の「ポエトリー アグネスの詩」です。確かこのブログでも以前触れたことがあります。もしご興味がありましたら、右側の検索欄にキーワードを入れて検索してみてください。(わたしもあとで検索してみようと思います)

なぜ、この映画を思い出すかというと、主人公のミジャが詩を書こうと思い立った動機を思い起こすからなのです。彼女は、医師にアルツハイマー病の兆しがあることを宣告されたのでした。まず、名詞を忘れ、そして動詞も忘れてゆくだろう、医師は彼女にそう告げました。この映画を見た数年前、家族に認知症の母がいるとはいえ、主人公がアルツハイマー病になり、詩を書こうと思い立つ、その流れを、わたしはあまり理解できていなかったように思えてきました。実は、とても肝心なことかもしれないのに。

最近「私は誰になっていくの? アルツハイマー病者からみた世界」(クリスティーン・ボーデン著)という実際にアルツハイマー病を患っていらっしゃるかたの手記を読みました。「言葉を忘れてゆく」という苦しみがどういうものであるのか、著者はまだ残っている表現力で実に真摯に書き留めてくださっています。感覚は残っているのに、それを言い表す言葉が、頭になにも浮かんでこないというのです。どんなに粘って思い出そうとしても出てこない。そのうちに、周囲のひとたちは、次の話題に移ってしまっており、話の輪のなかに入る余地がまったく潰えてしまうようになります。この苦しみを繰り返すくらいだったら、なにも「感じない」ほうが楽、ということになってゆくのもわかるような気がします。

わたしは、母の認知症に戸惑い、非常に混乱した時期がありますが、そのときに、なぜか少し吃音気味に自分がなっていくのを自覚しました。周囲のひとと話しているときに、最初の一言がすっと出てこないのです。言おうとしていることがあるのに、それに適した言葉がふいに消えてしまうことが重なったといえばいいでしょうか。ですから、さぁ、このひとが今喋ろうとしているぞ、と周囲が身構えてくれているのに、わたしは、「あ、う、う・・・?」という調子になってしまうのでした。

その理由を考えました。おそらく、すっかり意思疎通がおかしくなってしまった母に、真顔で怒りたいこと、声を大にして抗議したいことがたくさんあったのに、相手は認知症だと思い為すことで、ぐっと飲み込んで暮らしていた精神的な負荷が、普通の会話の場に影響してしまったのではないかと思いました。

本当にそういう理由なのかどうか、よくわかりません。母との関係性に一応折り合いがつけられるようになった今でさえ、会話の出だしが「宙に浮いて」しまうことがよくあります。これはもしかしたら、アルツハイマーの前兆なのではないかしら、と気になりはじめました。そんなことがあるせいか、冒頭の「ポエトリー アグネスの詩」のミジャのことを思い出すのかもしれません。

書き留めておきたい。今、ここにある、美しいもの、清らかなもの、温かなもの、やさしいもの、わたしに見える世界のすべてを。孫とその友人達が、同級生を輪姦して自殺に追い込んでおきながら、その事実をお金を使って内密に済ませようとする親達に言い含められ、一度は自分が介護している老人に性を売って示談金にするためのお金を作ったミジャですが、最後は、それほど大切な孫を刑事に引き渡します。ミジャが失われゆく記憶への不安の前で、自分にできること、自分がすべきことを考えていったその経緯は、けして言葉で説明されるようなものではなく、ただのびやかな自然の景色が映像として時折そこに挟まれることで、それとなく、生きる尊厳について考えさせられるような映画になっていました。

映画の中では示されませんが、ミジャはやがて、自分の詩を忘れ、自分の孫を忘れ、自分が美しいと思うものを、誰かと共有する術も失っていったはずです。それがわかっているからこその、その手前の、静かに葛藤するミジャの美しい日々がありました。


殺伐として嘘のまかり通るこの世界、なぜかミジャが詩を書き始めた意味を考えてしまうわたしなのでした。



人間は所詮ミネラルと水と窒素の結合物なのに、それがくっついている間は、なにか様々なもの思いを抱え、それが解かれると、そのもの思いも消えてしまうと 友人に言われ、ほんとうに不思議だなと思いました。

わたしというミネラルと水と窒素の結合物がほどけてなくなる前に、なにか、やさしいものを残していきたいと、柄にもなく、素直な願いを持ちました。





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# by kokoro-usasan | 2018-01-03 14:24 | ごあいさつ

人間を。3

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続々・「無意識に人間を撮るシリーズ」

これは柵越しだったこともあり、あまりうまく撮れていない一枚。15年も前の一枚だから、自分でも撮った経緯を覚えていない。子供に目がゆくので、最初、子供に惹かれて撮ったのかなと思ったが、よく見るとそうでないことがわかった。

わたしの目は、きっと左がわのおじいさんを見ていたのだと思う。「おじいさんと子供」を撮りたかったのだ。そういえば、パリでは、おばあさんが戸外で子供の面倒を見ている姿はあまり見かけなかったけれど、おじいさんはよく子供の傍にいたような気がする。




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# by kokoro-usasan | 2017-12-11 12:50 | 追想

不在に寄す

e0182926_11503520.jpg同僚が貸してくれたワイエスの画集を今日返そうと思い、凍てついた朝の部屋でもう一度眺め直していた。カーテン越しに窓からの光が差し込み、画集に影を落としている。それも含めて、ワイエスの光だな、と思い写真に収めた。

この絵のタイトルは「アルヴァロとクリスティーナ」(1968 水彩)という。ワイエスの作品は、冬を感じさせるものが多く、この作品もそんな感じがするのだが、実は夏の作品らしい。すでに彼は1952年にも、この印象的な青い扉を題材に、タイトルもそのまま「青い扉」という作品を描いており、右側の高い窓から入る光線と室内の様子が、彼にとって、とても印象深いものだったことがうかがえる。

この場所は、クリスティーナとアルヴァロのオルソン姉弟が住む家であり、ワイエスはクリスティーナをモデルとしてよく作品を描いていた。しかし左の作品を描いた1968年、この姉弟はすでに他界しており、つまり、彼は、住人のいない家で、これを描き、姉弟の名をタイトルにしたことになる。後年、彼は語る。「彼らは死んでしまったが、それでもなお、力強くそこにいたのである」

まさしく。
不在とは、そういうものであるに違いない。不在をあなどることはできない。不在の豊かさが胸にしみる。





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# by kokoro-usasan | 2017-12-09 12:15 | 日々

これが。

e0182926_1125687.jpg書店で偶然見つけたプリーモ・レーヴィの新刊(改訂版)を電車の中で読み始める。乗車時間が短いので、最後に記載されていた「若者たちへ」という著者自身の短い「序文」にまず目を通すことにした。アウシュヴィッツから生還したこの著者が、1973年、若者にむけて書いた言葉に慄く。

ーそして何よりもファシズムはまだ死に絶えていない。ある国ではより強化され、また別の国では虎視たんたんと復讐を狙っている。ファシズムはいまだ「新秩序」を約束するのを止めていないー

2017年の今、その死に絶えていなかったものが、あからさまに息を吹き返し、自ら敬礼の仕方を覚えることにいそしむひとを増やし始めていることが切なすぎる。

悲惨な隠蔽があり、その隠蔽を可能な限り解明する人道的作業が次にあった。しかし、時が経ち、その解明の不足部分をあげつらうことで、悲劇そのものがなかったのだと逆転して憚らなくなってゆく心性にわたしは到底与し得えずにいる。




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# by kokoro-usasan | 2017-12-08 12:24 |

人間を。2

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続「無意識に人間を撮るシリーズ」

随分昔のことになるが、職場の近くにある書店の前で友人と待ち合わせしていた。仕事が終わって急いで駆けつけると、友人は書店の向かい側の地面にぐったりと足を投げ出して座り込んでいた。この写真の男性は、人通りの多いこの場所で悠然とタバコを燻らせていたけれど、友人は魂が抜けかけているような沈痛な面持ちで、もし顔見知りでなかったら、怖いと感じるくらい荒んだものを体からにじませながら、通り過ぎる人たちを睨んでいた。いや、彼があのとき睨んでいたのは、もっと違うものだったかもしれないけれど。なぜ、そこまで傷ついているのか、冷たいかもしれないが、わたしは彼に問わなかったし、彼もなにも触れなかった。ただ、よっこらしょと立ち上がるのを手伝って、一緒に歩き始めただけだ。

写真の男性は、むしろ、どこか充足しているようにも見えた。いずれにせよ、「こんなふうにわたしもできるだろうか」 なにかとても強いその問いかけが自分を底から押し上げるようにしてシャッターを切らせた。






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# by kokoro-usasan | 2017-12-07 09:22 | 追想

人間を。

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いい機会だから「無意識に人間を撮る」シリーズにしよう。この写真も忘れがたい。ひとりで死ぬことを、暖かい毛布にくるまって眠れることのように錯覚できる時間というのがある。この男性が、わたしの視界をゆっくりと横切っていったとき、なにかとても懐かしいものが胸に満ちたのだった。




追記
印象深い写真なので、これまで何度か紹介したことがあるのですが、このブログでも既に紹介していたのに気づきました。
http://kokousa.exblog.jp/15218785/
写真を撮ったのは2002年、このブログで前回紹介したのは2011年、そして、今年は2017年。そのたびに、添えるキャプションが違うことが、気恥ずかしくもあり。

そういえば、若さゆえなのか、もう二度と書けないだろう研ぎ澄まされた表現を、自分の日記のなかに認めることがごく稀にあり、過去の自分に嫉妬します。一方で、「そうは言い切れなくなる自分」を労わる思いも芽生えます。ここを過ぎて、もっと過ぎて、たとえば、5年後があるとするなら、わたしは、この同じ写真を見て、どんなキャプションをつけるのだろう、ふと心が宙をさまよいました。








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# by kokoro-usasan | 2017-12-06 14:19 | 追想


閉じられていないもの


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