再放送希望!

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そういえば、昨日、職場で夕食を取りながら、テレビを見ていたら、7時半から放映される甲斐信枝さんのドキュメンタリー番組の予告をやっていて、「えー、知らなかったー、知ってたら家で録画予約してきたのになぁー」と、ショックを受けてしまった。あいにく、職場の休憩は6時半から30分しかないのだ。

わたし、甲斐信枝さんの絵本、大好き。なんといっても空き地の植生を5年間にわたって追った丹念な記録絵本「雑草のくらし」が一番有名だけれど、わたしと甲斐さんの絵本との出会いは、職場にある小さな図書室のなかに並んでいた「大きなクスノキ」という絵本が最初だった。他の甲斐さんの絵本に比べ、タッチがかなりラフで、大味なのだけれど、一編の詩のような文章が、とても悠々として、自由で、自然をしっかりと俯瞰しているたくましさもあって、素敵な作家さんだなぁと思った。

その絵本の出だしはこんな感じ。

耳をすませば
大クスのことばが きこえる

わたしは 年とったクスノキ
七百年の春と
七百年の秋を 生きて
わたしの年は
七百歳


もうこれだけで、ずーんと物語に引き込まれていく。


e0182926_10501226.jpg自然の観察の仕方が、なんだかファーブルみたいで楽しい。ファーブルって、朝、野良仕事にゆく村人が、道端で虫を観察している彼を見かけ、夕暮れに帰ってきたときにも、ほとんど同じ姿勢でまだ同じ場所にいたのを見て呆れかえったという逸話のあるひと。ファーブルも甲斐さんも、自分が成し遂げる「成果」だとか「名声」に、きっと何の興味もないのだろうと思う。もっと、長い長いスパンのなかで、芥子粒のように生きる存在である自分と、同じように変遷を重ねてゆく自然のありさまを、無理なく受け入れながら、虚栄に心乱されることなく生きているように見える。その仕事が、あくせくと生きているひとたちに、意図せず、大きな宝を残してくれる。

でも、うれしいな。甲斐さんのドキュメンタリー、作ってくれたひとがいるなんて。甲斐さんって、どんなかたなのかなぁって、いつもうきうき想像していたのです。予告を見たら、想像通りの、とってもチャーミングなかただったので、ますます幸せな気分。今朝、友人のツイッターページを見たら、偶然、この番組の紹介ページをお知らせしてくれていて、ややラッキー!と、早速見に行きましyた。

「再放送希望」のリクエストができるようだったので、もう、元気よく押しちゃいました!見たい、見たい、録画したーい。笑

紹介ページはここです。
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3035/2345010/




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# by kokoro-usasan | 2016-11-24 11:01 | すてき

e0182926_144197.jpg夜更けすぎから、未明にかけて雪が降り始め、そのまま日中まで降り続く、と地元の天気予報では言っています。

雪、降るのかなぁ。今、深夜1時53分。窓の外を見てみましたが、まだ、雨の匂いも、雪の匂いもしません。室温も13度はあるので戸外も、まだ雪の結晶ができる気温ではないように感じられます。

あ、もう、新聞配達のバイクの音が聞こえています。

もし、11月に降雪があるとすると、東京では昭和37年以来、実に54年ぶりです、とニュースで流れているのを聞いて、ちょっと感慨を覚えました。もちろん、54年前のその雪に思い出があるわけではありません。でも、実は、わたし、54年前のその冬に生まれました。まだ、母親のお腹の中にいたはずですが、わたしは、その母親に会ったこともなく、母親に関するなんの情報もないのです。ただ、偽名(現在の養母の名前)で記入された「母子手帳」とへその緒があるだけです。ですから、母子手帳だけで見ると、わたしは養母から生まれてきたことに間違いないということになります。なかなかのトリック(笑)です。どうして、そういうことになったのか、養父も他界し、養母も認知症ですから、もうよくわかりません。

厳しいことを言えば、わたしには、ひとりの人間として、それを「知る権利」があります。ですが、その権利は、宙に浮いて、海のものとも山のものとも知れないけれど、人並みの苦労と、人並みの幸せを抱きしめながら、結構元気に54年も生きてこれたので、みんなに感謝しています。本当は、産んでくれた母に、ありがとうって、自分の口から伝えたいのですが、それも叶わず、もしかしたら、もうとっくの昔に亡くなってしまっているかもしれないし・・・、でも、なんだか、いつも、背中のあたりで、わたしを見張っているような気もするので(笑)、ありがとうって気持ちは受け取ってもらえてるといいなと思います。

わたしをおなかのなかに入れながら、実母は、54年前の11月、思いがけない雪を、東京の都心で見ていたことでしょう。どんな気持ちで、雪を眺めていたのかなぁ、って、今日、思いました。雪が降ったなんて知りませんでしたから。わたしの「空白」の出生ノートの1ページに、「そのころ雪が降った」って見えない一行を書くことができて、嬉しい。

養母の足の具合は、少し回復してきました。ふと思いついて、朝晩、痛いほうの足をマッサージしてあげることにしたのです。それと、足が冷えないように、ぺたぺたと「貼るカイロ」なども貼って。偶然でしょうけど、これがなかなか効いてるんじゃないかと気をよくしつつ、マッサージに励んでいます。こう書くと、ずいぶんな孝行娘のようですが、せっかく頑張っているのに、子供にかえっている母は、「もういいよ、ばか」なんて気分に任せて言い放ったりするので、「ばか? ばかとはなんですか、ばかとは」と腹を立てたりしています。母自身は、一回しか「ばか」って言っていないのに、カチンときたわたしのほうが、「ばか」って3回もくり返してしまっているわけで、器が小さいといいことありません。言霊的に、わたしのほうが、ばかをたくさん呼び寄せてしまってますもん。笑


もし、
わたしの実母がまだ生きていて、
認知症でもなくて、元気でいてくれていたら、
今日、54年まえに雪が降りましたというニュースを聞いて、
そのときちょうどお腹のなかにいた子供のことを思い出してくれているかしら。

ありがとう、ありがとう、
わたしも元気ですからね。







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# by kokoro-usasan | 2016-11-24 02:39 | つぶやき

車椅子でGO

e0182926_17292239.jpg
雨上がりの晴れた空はやっぱり気持ちがいい。仕事の休みを利用して、母をあちこち病院につれてゆき、足の激痛とそれによる歩行困難の回復を願うのだけれど、今の所、「原因不明」で、「痛み止め」ばかり処方される。が、痛み止めを3週間も飲んで全然痛みが消えないのだから考えものだ。

友人がドイツでクラニオをやっていることを思い出し(患者ではなくて先生)、そうか確か彼女もこういう受難の末に、整体治療に光を見出し、その流れで、ついには施術されるほうではなく、するほうになってしまった経緯を考えた。少しでも「痛みのない」暮らしにしてあげたい。だめもとでも、痛みを緩和する努力はしてみよう。ただし、仕事の合間しか私には時間がないので、あまり遠くまでは連れてゆけない。できれば、車椅子を押してゆけるところ。タクシーを呼ぶ方法もあるが、車椅子から降ろしてタクシーに乗せるのが、むしろ厄介な作業なので、なるべく、車椅子で往復できると、介助者も気がラクなのだ。(私よりも体重の重い彼女を乗せて車椅子を押すのは、なかなか重労働ではあるけれど)

ネットで探した近くの整体院に電話をすると、口調と腕前は関係ないのかもしれないが、とても誠実な受け答えをしてくださる先生だったので、「よし。ここに行こう」と即決する。「ネットで情報を見て電話をした」というと、先方はかなり比較研究してからきたと思われるようなのだが、わたしは、意外に「斜め読み」人間なので、(というよりむしろ放っておくとかなり「深読み」しすぎてしまうタイプで、過剰深読みが災いし、判断を誤ることを、結構自戒している)、その整体の先生に、「すでにネットでご覧になったと思いますけど」と、施術の基本について聞かれたときは、ちょっとぎくっとしてしまった。それほどは、検討していなかったのだ。しかも、「整体」といっても、その先生は、「はり・きゅう」の先生で、母の症状を見てもらいながら、「あ、そうか、この先生は、はり・きゅうの先生なのだな」なんて思うほどの無知っぷりのわたしだった。

それにしても、「はり・きゅう」というのは、場合によっては「はり」をやったり、「おきゅう」をしたりと、二つの治療方法があるということなのかなと思っていたのだけれど、「はり・きゅう」でセットなのだということを、今回初めて知った。

とはいえ、結果としては、母は相変わらず今日も車椅子で、歩くと痛い、ままなのだけれど、痛み止めの薬だけを処方する整形外科よりも(この先生も優しくていい先生なのだけど)、しばらく、「はり・きゅう」に通ってみようと思っている。はりを刺されて目をとじているときの母がなんだかとてもくつろいでいい顔をしていたからだ。一回の施術で驚くべき回復という場合もあるようだけれど、「僕のなかでは、お母さんの痛みが減って歩けるようになってゆくビジョンが見えますので、よかったら、通ってみてください」と言われた先生の言葉に、すこし希望を感じていたいと思う。

ただ、母の歩行を支えたり、車椅子を押したりしてるせいで、わたしもだんだん腰が痛くなってきたぞ(笑ストレッチ、ストレッチ。

車椅子を往復1時間余かけて、えっちらほっちら押してくる家族というのは、結構、傍目には喜劇的みたいなのだけれど(タクシー使えばいいのに、って)、もともと筋力の衰えで長い歩行が困難になっていた母に、車椅子でもいいから戸外の散歩をさせてあげたかったので、車椅子をレンタルする立派な理由もできて、これはちょうどいい機会なのかなとも思っている。今のところ、お散歩に適した気候だし。

「ほら、おかあさん、公孫樹が色づいてきたわね」なんて言いながら歩く。そして、母が食べたいとも言わないのに、途中の和菓子屋さんで、おいしそうな芋羊羹を衝動買いしてはまた、「ほら、おかあさん、おかあさんの好きな芋羊羹よ」なんて言って、まるで母のために買ったかのような調子のいいことを言っている娘であった。上り坂や段差で難儀していると、道路工事の警備のおじさんが手を貸してくれたりする。どうも、ありがとう。





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# by kokoro-usasan | 2016-11-15 10:26 | 日々

泣きながら

e0182926_1219154.jpg11月11日、新聞の広告にはポッキーとプリッツの日って大きく載っていたけれど、あれ? なんか、わたし、忘れてることある?と首を傾げたら、その傾げた頭から、ぽろっ。そうだ、この日記を始めてからちょうど7年経ったのだ、と思い出した。確か、レヴィ・ストロースの訃報記事から始まっている。

実際のブログ歴はあれやこれやと他のも合わせてもっと何年も経っているわけだけれど、とりあえず、この場所でまだしばらくは日々のことを書き留め続けてゆこうと思っている。

写真は、先日、佐賀から福島に帰省する途中で東京に立ち寄ってくれた友人の後ろ姿。わずかな時間だったけれど、はるか昔、わたしと彼女が出会うことになった大学を訪ねてみることにしたのだった。何日か前の日記にも記した「山道の奥にある大学」である。山道を経由しない立派な正門も別にあるのだけれど、わたしたちは、山道経由の「裏門」からいつも通ったため、このようなトンネルを最後にくぐらなければならない。山ひとつくり抜いて、その下を歩いてゆくというわけだ、この写真では、なにかちょっと不気味な感じになってしまったが(なんの演出もしていないのだけど、わたしの携帯のカメラでは、こんなのしか撮れなかった。でも、面白い写真になったよね)、本当は、トンネルの向こうに見える光が、とてもきれいで、抜けたところに広がる大きな空間は、坂道を登り続けた甲斐があると思える開放感のある眺めなのだった。

e0182926_12403087.jpg遠近感がこの写真だと分かり辛いけれど、左右に見える建物は普通のマンションだと4〜5階くらいの高さなのかな)なので、写っている人間の大きさを基準にしないほうがいいかもしれない。ここの学食で昼食を一緒に食べ、彼女は、実母の待つ福島に向かった。東北で育った彼女には、嫁いだ先の佐賀の自然はどうしても馴染めないもののようで、なんだか、「智恵子抄」の智恵子のようだ、と、いつも思う。安達太良山の向こうに広がる大きな空が彼女にも必要なのだった。わたしは、彼女が結婚していることを承知のうえで、もう子育ても終わったのだし、帰りたいと思ったらいつでも帰って、ふるさとの山の空気を吸うのがいいよと勧めてしまう。ホームで寝たきりの状態で暮らしているという認知症の母親のベッドの傍らに座り、彼女はきっと、故郷を離れた18歳のときから今日までの人生でおきた様々なことを思い出し、そっと語りかけていることだろう。(お母さんにはもう言葉はあまり通じなくなっているらしい。だからこそ余計に正直に)

母親の前で、わたしは本当によく泣いてしまう。そんなわたしを母親は笑って見ています、と昨日彼女からメールが届いた。

いっぱい、泣いて。

生まれたときから、子供はお母さんの前で、いっぱいいっぱい泣いて大きくなるのだもの。きっと、あなたは今、もっともっと、深い心のひとになってゆこうとしていて、だから、お母さんの前で、たくさんたくさん泣いていいのだと、わたしは思った。

どんな人間も母親の前で泣きながら生まれてくる。そのことがなぜか意味深いものに思えてくる。







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# by kokoro-usasan | 2016-11-11 13:08 | 日々

光と影

e0182926_2317205.jpgこういう光の模様がきれいな季節になってきた。

TPPの問題も、あんな黒塗りのままで了承できる問題とはとても思えないのだけれど、パリ協定(日本は出遅れているが)に関しても、もやもやとした気持ちになる。地球温暖化対策を考える際、二酸化炭素排出抑制のため、真っ先にやめるべきなのは実のところ「戦争」なのだが、どの国も、それにはけして触れようとしない。軍用機や戦車ほど、とんでもなく恐ろしい燃費である上に、有害物質の排出になんの規制もかかっていないものはないのであり、軍事用に排出された二酸化炭素の量は、国別に算出されないために、統計上、順位がつけられていないが、戦争で排出されたもののすべてを、ひとつの国家での排出量と換算するなら、爆弾の破裂で排出されたものも含め、堂々の世界第1位の排出量になるだろうと言われている。

しもじものわたしたちは、レジ袋を辞退したり、太陽光発電をちまちまと屋根の上にのっけてみたりしながら、地球環境の保全に思いを寄せてみたりするばかりだが、一方では燃費などおかまいなしの戦闘機が、訓練、実践も合わせ、争乱の続く国々の空を爆音を立てながら飛び交う。戦闘機一機が8時間飛ぶだけで、日本人一人が一生の間に排出する二酸化炭素の量をたやすく使い終えてしまうという話も聞いた。爆弾にいたっては、劣化ウラン弾、クラスター爆弾、電磁波爆弾、白燐弾と、瞬間的に人間を殺傷するだけではすまない環境汚染物質にまみれている。それは、これから起こることでもなければ、過去にあった話でもなく、現に今、続いていることなのだ。

しかも、軍の司令官が自慢げに語るような、軍事施設だけを狙った精度の高い爆撃などは、けっして行われてはおらず、死傷者の数は、兵士よりも、民間人のほうが多いという現実。病院、学校、避難民のシェルター、もはや、手当たり次第の民間人への「誤爆」(なんて精度の高い「誤爆」だろうか。)が日夜行われている。ポケモンGOにはまって、事故を起こしましたなどという話がニュースになるようなゲーム脳のふやけ具合と、無人機によってピンポイントで殺戮される恐怖のなかで日々暮らすひとたちの生活を、どう付き合わせて考えればいいのだろうか。

様々な今日の破綻のありさまを、1960年代生まれのわたしとしては、1991年の湾岸戦争のあたりからしか関連付けて考えることがうまくできないのだけれど、湾岸戦争はやはり、非常に重要な「亀裂」ではなかったのかと思えてならない。それゆえの9.11でもある。だが、もはや、国家とか、民族とかを超えて、これはもう「武器商人のグローバルビジネス」に地球全体が牛耳られてしまっている姿でもあるような気がする。(TPP問題の核心もおそらくここにあるだろう)

ここには直接リンクしないけれど、you tubeに「作戦"砂漠の嵐"~CNN湾岸戦争の全貌~」という映像がアップされており、番組のナレーションにはやや「どっちつかず」な気持ち悪さがあるものの、ただ、映像として、じっくり追うかぎりにおいては、戦争というのは、本当に、一部のひとがやりたくてやっているだけのものに、多くのひとが巻き込まれて命を落としてゆく魔の算段だという思いばかりが募る。





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# by kokoro-usasan | 2016-11-06 00:23 | つぶやき

そういうことだ

e0182926_13425727.jpg前回随分面倒臭いことを書いてしまったが(辛気臭くてすみません)、もともとはそんなことを書くつもりではなくて、先日、仕事に大穴を開けたとき、なぜか、急に肩の荷が下りて、奇妙な解放感を感じたということについて書こうとしていたのだ。仕事一筋で行こうなんて肩肘張って思ってきたのに、大事な日に、母の付き添いで、救急病院の待合室に座っていた自分が、なんだか、「お気の毒(喜劇編)」な感じで、深刻さよりも、「あら、えっさっさー」みたいな、能天気な領域まで、現状認識が上昇してしまったらしいのだった。そして、それは、同僚には申し訳ないが、わたしにとっては、実に良いことだったような気がする。

さらに、動けない母を抱えて、これからどうする、というとんがった局面なのに、医師が「なに?」なんて、こちらが、ぽかんとしてしまうほど、すっとぼけた対応をしたことも、その「あら、えっさっさー」なぶち破り感を、一層高めてくれたようだった、

そのタイミングで、友人からの長い手紙が届いたことは、これはもう、「そうだ!そういうことだ」という話なのだなと思った。だから、わたしは、これからの自分に期待している。ものすごく期待しよう。結果がどうだって、それさえも、あらえっさっさーだと思う。素敵だ。



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# by kokoro-usasan | 2016-11-04 14:48 | 幕間

秋桜

e0182926_18243315.jpgずいぶんと不器用だった。なにかとなにかを両立させるということができなくて、いろんなものを棒にふった。いつも、手放したもののほうが、自分にとって大事なものだった。自分を信じていなかったから、自分が大事に思うものを選ばないようにした。自分は野放図で、もし自分の思い通りに生きたなら、人生がめちゃめちゃになってしまうような気がしていたし、大切なひとをそれに巻き込むこともけしてしてはならないと思った。自分が怖かった。エキセントリックになるくらいだったら、脳のどこかを失ってしまったひとのように、虚ろに生きたほうがいいのだと思った。きっと、それが真実だ。「自分がどこの誰だかわからない」という感覚には、そういう不安がつきまとったのだ。いつか発狂してしまうような気がしていた。

でも、もう人生の大半を伏目がちにすごしたのだから、これから発狂しても、そのくらいは多めに見てもらおうという気がしてきた。ゆっくりと目が開かれてゆく。そういえば、わたしの記憶に残る最初の花はコスモスなのだった。たくさんのコスモスが日の光を浴びながら揺れていた。


友の63頁にわたる手紙がわたしをそういう気持ちにさせてくれた。もう四半世紀の間、あなたのこの手紙を待っていたのだけれど、誰かが約束を果たしてくれる、というそうした幸せをわたしは知らなすぎていて、それが、自分で自分を見くびる要因にもなっていた。約束を果たしてくれたひとがいたのだから、わたしはもう自分を見くびることはできないのだ。





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# by kokoro-usasan | 2016-11-03 22:00 | 幕間

静かな花

e0182926_10464968.jpga)
友人から、63頁にも及ぶ手紙(と、いうことにしておこう)が届いた。わたしは深呼吸する。穏やかで幸せな気持ちだ。

b)
果たしてくだんの小動物は悪霊だったのか先祖の霊だったのか不明なままだが、不可思議なことに、洗濯ものを干す連結ハンガーが忽然と姿を消しているのだった。あんなにかさばるものが、一体、どこへ消えたというのか。そもそも連結ハンガーだけなのだろうか、なくなっているのは。あばら家で、盗るものもないだろうと豪語してきたのに、連結ハンガーが、そんなに魅力的な品物だったとは・・・。それにしても、なぜ、なくなったのだろう。小動物も、洗濯をするのか。

c)
しばらく前に、アレクシェーヴィチの「セカンドハンドの時代」を書店で見つけ買って帰ったのだが、非常に厚い本なので、すぐに読み始める予定も立たず、そのままになっている。ただし、この本の本編の前に紹介されている二つの文が、わたしの心の奥深くに楔のように打ち込まれており、この二つの引用文のために、この分厚い本を買い求めてしまったといっても大げさではないのだった。

犠牲者と迫害者は同じように不快である。それは、堕落においての兄弟関係であるということを、収容所の経験から学んだ。(ダヴィド・ルセ『われらが死の日々』)

いずれにせよ、わたしたちは覚えておかねばならない。世界において悪の勝利に責任があるのは、第一に、盲従的に悪を実行する人びとではなく、善に仕える精神的に明晰な人びとであるということを。(ヒョードル・スチェプン『起きたことと実現しなかったこと』)


安易に扇動され、誘導され、無数の組み合わせによる敵味方に分けられ、そのどちらにも様々に「崇高なる善」があり、それぞれの陣営のなかでのヒエラルキーに一喜一憂し、賞賛しあい、排斥しあい、自己顕示欲を満たしあい、侮蔑し合う。皆が、少しずつ、自分は犠牲者だという意識を募らせるが、そこから始まる小競り合いであるよりも、「自分は犠牲者にはなるまい」という強い決意から始まる和解の方向はないものなのか、なにかふと押し黙り、沈黙の時間に身をゆだねる。

d)
新しい連結ハンガーを買いにゆくとしよう。うーん、釈然としないなぁ。


※追記   連結ハンガーは普段ぶらさげている脱衣所(洗面所)ではなく、浴室のなかに置かれていた。誰が、そんなところに置いたのだ? と言われたら、赤面し、心拍数も幾分多めにしながら、「わたししかいないよね。えへへ」と肩をすくめるところだが、誰もそんなふうに問い詰める者のいないこの家では、「ふっ。あったじゃないの。まったく。洗濯物を干す小動物なんているわけないじゃない。ばっかよねー」なんて、しらばっくれる張本人。





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# by kokoro-usasan | 2016-10-31 11:52 | ことば

ポスト

家の中が、介助用手すりで、遊園地のジェットコースターのような眺めになっているけれど(大袈裟)、母は自分の足でなんとか立てるようになり、とりあえず、自宅で暮らしてゆける状況に落ち着いた。もともと夜中に5回は名前を呼ばれて起きなければならない状態なので(認知症のせい)、同じ5回に「トイレまでの付き添い」がセットになっただけと思えば、たいしたことじゃない気もする。むしろ「ただ名前を呼ばれて(用はない)起きる」という虚しさよりも、起き甲斐はあるのかもしれない。

先日、友人から短いメールが届いた。手紙を送るが、住所は以前の実家の住所でいいかという。実家でOKと返信する。それから何日も経ったけれど、ポストには、それらしきものがなにも届かない。届くのは手紙だというのに、家のなかを、いつもより丁寧に掃除したりしている。玄関に、ハーブアロマを焚いたりしている。手紙はこない。手紙はこないが、天井裏になにか小動物が入り込んだ足音がしたりして、眉間にしわが寄る。寒くなってきたから、暖かいねぐらを探している生き物たちがいるのだろう。凍えるのはかわいそうだと思うけれど、これ以上家が廃屋の趣になってゆくのも、幾ばくか残っているらしい虚栄心が切ながる。古いながらも手入れの行き届いた家、というのをなるべくなら心がけたいのだが、夜中に、天井裏で小動物がかけまわっているようでは、その「心がけ」を笑われているようで、ちょっと忌々しい。


でも、可笑しいのは、そういった小動物の出現が、たいてい、母が「困ったこと」になっているときと重なることが多いので、これは、小動物ではなくて、悪霊なのではないかととんでもなく想像を膨らませてみたり、そうかと思えば、その後、母が回復すれば、いや、ちがう、あれは、ご先祖様の気配だったのだ、きっと励ましにきてくれたのだ、と、これまた、飛躍的に発想を転換してみたり、結構、小動物にはイマジネーションを刺激されているのだった。こうやって、言語化すると、「もしもし、あなた、だいじょうぶですか?」と精神状態を心配されてしまいそうだけれど、認知症で普通の会話の成り立たない家族とふたりだけで暮らしていると、なにか、昔話やおとぎ話が、不思議と身近に感じられてくる。もちろん、ほどほどに、だけれど。


それにしても、わたしは手紙を心待ちにしているのだが、日にちが経つにつれ、なんだか、ちょっと「素直さ」が薄まってきて、ポストを見る目も陰気臭くなってきた。(笑)

でも、わたしは、想像したのだ。 玄関の門扉の周りには手入れされた草花が咲き乱れていて、麦わら帽子をかぶったわたしが、そのそばにしゃがみこんで土をならしている。「イル・ポスティーノ」みたいな郵便屋さんがやってきて、「はい、おたよりですよ」と言い、わたしはその逆光になった郵便屋さんを眩しく見上げながら立ち上がり・・・・・(以下、想像が枯渇し始めたので省略。)

やっぱり、庭と家の手入れを、もうすこし、ちゃんとしよう。想像が閉店するのが早すぎる。夢は、現実のなかで、育むものだ。





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# by kokoro-usasan | 2016-10-29 12:06 | 日々

母の不調で、病院を行ったり来たりせねばならず、大事な仕事のある日を2回続けて欠勤した。わたしが欠勤しても、仕事は回るということを確認して、少し安心した面と、淋しい面とが両方ある。だが、それだけでなく、妙に報われない思いが募る。初めて受診した先の医師がかなり横柄な態度だったことも影響しているのかもしれない。

(追記:

報われなさは、仕事のほうではなく、介護のほうです。仕事は仲間たちがとてもよくカバーしてくれてしっかり報われていると思うし、とても感謝しています。介護はもともと「成果」のないものなので、報われるかどうかといったら、報われなくていいのです。報われたくてやるわけでもない。ただし、社会的な課題として言うなら、その報われない役目に従事し、それで給与を得るわけでもなく、むしろ給与半減を覚悟で担っているひとにたいして、医師や看護師が、「わけのわからない患者を連れてきた」的態度をとることには厳粛に抗議したい。今回も看護師は、「あぁ、このまま歩けなくなるでしょうね。それで、そのまま終わりというパターンがほとんどです。高齢者だし」と笑みさえ浮かべて言った。このような発言事例は、これまでの病院での経験でけして少なくはない。

確かに、それは、経験に基づいた客観的に根拠ある指摘かもしれない、しかし、必ずしも、患者が必要とする有益な情報ではない。そうした職務的なモラルの線引きができなくなっている医師や看護師が結構多いことにいつもすこし驚かされる。もちろん、面倒でわがままな患者が多く、辟易としているのだろうことも想像できる。だが、今回など、医師は、わたしと車椅子の母を見るなり、開口一番「なに?」(言ったそのまま)と言った。そのぶっきらぼうなひとことには、「何の用か?」というニュアンスが強く、一瞬、言葉につまったものだ。内心、かちんときたが、こちらは患者であり、プロである医師の診断にこれからの生活がかかっているわけなので、おとなしく丁寧に説明した。

その後、いくつかの検査のあとで、もう一度診察室に入ると、医師は当初よりはその横柄さが和らいでいるように見えたが、それでも、「常識的」なレベルにはいたっていなかった。わたしは語気こそ荒げることなく、柔和に話すことにしたが、それでも、最後に彼に言った。わたしが、先生にお願いしたいのは、医師としてのなるべく明晰な診断結果と、今後の治療方針です。もし、原因不明としても、現時点での彼女の立ち上がれないほどの痛みに、どう対処するべきなのかといういくつかの選択肢です。この助言をいただきたくて、ここにきました。その助言によって、彼女にしてあげられる最善のことを家族としてわたしは選ばなければなりません。それはわたし自身の生計をどう立てるかにも関わってくるのです。そういう背景を持って、わたしは先生に助言を仰いでいます。それを踏まえたうえで、回答をお願いします。と。

彼らの最低の応対には落胆するが、わたしは、それをなぜか憎めない。医療の現場にいる彼らにもなんとも不条理な問題が山積しているのかもしれないと案ずるくらいの智慧はついたのだ。

一夜明けて、今日はケアマネさんたちと、歩けない母をどう面倒みるかという打ち合わせに入った。前向きに検討を始めるということが、わたしの気持ちをすこし明るくしてくれた。昨夜は、もうケアマネさんとも会いたくない、仕事も辞めてしまいたいという気持ちが頭の隅に点滅していた。この負の感情を長引かせるのは非常に危険だと自分でも思った。結果に差はなくても、前向きに進んで失敗するほうがいいのだ。昨夜、母に、「このまま、動けないと、おかあさんと一緒に暮らせなくなっちゃうかも」と言った。「あなた、どこかに行っちゃうの?」と母が問う。「わたしじゃなくて、おかあさんが、どこかへ行かなくちゃいけなくなるかもしれないの?」「どこ?」「おかあさんくらいのおばあちゃんやおじいちゃんがたくさんいるところよ」「やだ」「やだって、言っても・・・」わたしの手を掴んで母が言った。「あのね、おかあさんね、もうちょっとだと思うの。もうちょっとだから、一緒に居よう」  涙がこぼれそうになった。もうちょっと、一緒に居たい、わたしも思った。  父と母が、夫婦としての暮らしを築いたこの古い古い家で、最後まで。  )


真夏に聴いたときには、どうもピンとこなかったチャーリー・ヘイデンとパット・メセニーのアルバムが、今日聴いてみると、「ちょうどいい」感じになっていた。

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# by kokoro-usasan | 2016-10-23 22:19 | 日々


閉じられていないもの


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