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擦過傷

e0182926_1213665.jpg




















このところ
妙に
落ち込むことがあって、
人との間に垣根を作りそうになっているのを感じるのでした。

そこで、
昨日の休日、
普段は乗ることのない初めての路線を利用して
遠い映画館まで
ぼんやりバスに揺られてゆきました。

「彼らが本気で編むときは、」
を観ました。

監督は「かもめ食堂」「めがね」の荻上直子。
彼女自身が「荻上直子第二章」と言っている通り、
この作品は、これまでの荻上作品より
現実への寄り添い方がとてもリアルになっていて
それでも、彼女らしい、ゆるやかでやさしいテンポはそのままの
暖かい作品でした。














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by kokoro-usasan | 2017-02-28 12:31 | 映画

アハ体験をする

昨夜、ふと浮かんだ言葉が、ふと浮かんだ瞬間に思い出せなくなり、そのまま、どうしても蘇ってこないので、布団のなかでなんども寝返りを打つことになってしまった。よし、気を落ち着けよう、と、起き上がって、台所で白湯を飲み、戻ると、ペンと紙片を持って、またベッドに潜った。この際、思い出すまで眠るのはやめることにした。同僚が、よく言っていた「アハ体験を重ねて脳の活性化」という言葉が、消えてしまった言葉の代わりに、これ見よがしに頭のなかをぐるぐるし始めたからだ。

最近、確かに物忘れはひどくなった。一瞬浮かんで、一瞬で消える、という切なすぎる迷宮体験も増えた。消失に任せることなく、脳のシナプスにエールを送らなければならない。アハ体験、アハ体験。

結果的に、忘れた言葉はひょっこり「父帰る」みたいに戻ってきたのだけれど、そこに至るまでに頭に浮かんだ似て非なる言葉たちの面白かったこと。試しにメモしておいたので、それを読んで我ながら楽しい時間を過ごした。ボケとツッコミをひとりでやるようなものだ。思い出そうとするときに、頼りにするのは、語感であったり、わずかに消え残っているように思える文字だったりするが、自分で変にまとめようとせずに、本当に思いついたままの言葉を書き留めたせいで、よくもまぁ、そんな、という「程遠い」言葉まで出動しているのがわかる。

認知症の母が、時折、ぷっと吹き出したくなるような、意味不明の言葉を投げかけてくるのは、ある意味、この「途上の言葉」で、取り急ぎお茶を濁しているからなのかもしれない。正確な言葉を思い出せないうちは、会話ができないとしたら、そんな苦しいこともなく、だったら、とりあえず、なんでもしゃべってしまえ、と、無意識のうちに思うのかもしれない。

でも、そんなことを考えていると、使い古された言い回しを、飽くことなく繰り返して、流暢に喋り、流暢に暮らすことが、本当に、自分の言い回しで、自分のスタイルなのかと、疑わしくもなってくるのだ。

ど忘れしてしまった事柄を思い出すアハ体験とは別に、ど忘れどころか、実はまだ一度も思い出せていない自分の言葉があるのではないか。その言葉で、まだ一度も喋っていないのではないか。それこそが核心であるにもかかわらず。

とにかく、昨夜、ど忘れした言葉はめでたく思い出すことができた。
思い出せた途端、安心してすぐ眠りに落ちてしまった。




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by kokoro-usasan | 2017-02-23 23:04 | 日々

なんでもない休日。

朝。よく晴れていたので、洗濯をしてから、近所の歯医者に行き、その足で買い物に行った。買い物のついでに書店にも足を伸ばしているうちに、午後になり、昼食用のサンドイッチと、フリージアの花も調達して帰ってくると、急に春の嵐となり、ベランダの洗濯物が下に落ちてしまっていた。やれやれと拾い上げ、さっさっと埃を払いながら、仕舞う。生暖かい強風のせいで、庭の鉢植えの花が、乾燥してうなだれはじめていたので、ジョウロで水をたっぷりかける。居間に戻って、サンドイッチを頬張って、一度見たことがある推理もののテレビドラマを眺め、なんとなく、あらすじを思い出してきたところで、テレビを消す。カップのなかに残っている珈琲を飲み干して、自分の部屋に戻り、椅子に座る。なんだか、ぞわぞわと寒気がする。風邪?上着をもう一枚羽織ったら、寒気は消えた。肩が凝っているのは、歯医者で緊張していたせいかもしれない。急に、窓の外で雨音。シャワーのような雨音。このところ、こんな雨の音、しばらく聞いていなかったなと思う。なんだ、雨が降るのなら、花に水をあげなくてもよかったなと思う。

と、書いていたら、もう雨は止んでしまい、ヒヨドリが隣家の柿の木の上で、鳴いている。そういえば、朝は、その同じ場所に、山鳩がとまっていた。結構、長い時間とまっていたので、洗濯物を干しながら、話しかけてみたりしたけれど、首をちょっと動かすくらいで、ひっそりとしていた。まだ、体が幼い。

すこし前の新聞に、職員のかたの知らないうちに養護施設を抜け出してしまった少年が、行方不明となり、その2ヶ月後に、付近の山中で遺体で発見された案件について書かれた記事が載っていた。この少年は、わたしの職場にも「捜しています」というチラシが配られ、みんなで心配していた少年だった。まさか亡くなって発見されたとは知らず、その記事で初めて知ったのだ。記事は、亡くなったことを報じたものではなく、施設が遺族側に支払う賠償金をめぐり訴訟になっているというものだった。争点は、賠償額そのものというより、提示された賠償額の、その内訳のなかで、亡くなった少年の「生涯賃金予測」が「0円」で算出されていたことへの抗議だった。もし、生きていたら、その少年が、生涯にどれくらいの収入を得ていたかということが、賠償額を決定する際の重要なポイントになるが、遺族側は、その「0円」という算出に納得できなかったのだ。それにしても、どうしてまた「0円」などという算出をしたのだろう。似たような案件でも、それなりの人権に配慮した額が呈示されるものだ。「0円」という記載を見たときの親御さんの気持ちは冷水を浴びせられたようだったのではないだろうか。これは、大事な問題だと思う。

あ、また雨が激しく降り始めた。こうやって、すこしずつ、暖かくなってゆくのだろう。母がデイサービスから戻ってきた。つい先日は、回覧板を、下駄箱のなかに仕舞ってくれていた。あたまのなか、どうなっているのかなぁと思うけれど、そのちんまりと丸く小さな身体が必死に生きているということが、わたしの暮らしにとって、なんらかの和らいだ灯りになっていることは、確かなのだった。





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by kokoro-usasan | 2017-02-20 17:30 | 日々

チョコと福寿草

e0182926_1232419.jpgこれでもかと言わんばかりにチョコレートの出回る時期も一段落して、なにを今更ではあるけれど、わたしは、今年、こんな愛らしい詰め合わせお菓子箱を自分のためにひとつ買い、 気が付いたらほとんどひとりで食べてしまっていた。どれもみんな美味しかったけれど、左上のチョコがけビスコッティが、絶品。

作り手のかたは、地元で自分の店舗を持たずにひとりで作ってらっしゃるのだという。このお菓子箱を仕入れたお店のオーナーさんが、ミモザの花も一緒につけて素敵に包装してくださった。なんだか、わたしには、もったいないくらいだった。最初は、職場に持っていって、みんなにもお裾分けしようと思っていたのだが、職場だと、ばたばたと忙しく、ぽいっと口に放り込んで、「あ、ごちそうさまぁ〜」という感じで、あっという間に終わってしまうことが多く、なんだか残念な気がしてやめてしまった。自分用と、職場用、もう一箱買っておけばよかった。どうも、気前がよくないなぁと思う。美味しいものをお裾分けするのを、ケチるなんて・・・うーん。(自分の煩悩を気に病むわたし。それだけ美味しかったということですね)


友人から手紙。故郷の福島から届いたメールに、除染後の土手に、今、福寿草がいっぱい咲いている、とあったそうだ。放射能汚染などなかったら、と、あらためて思う。泊まりがけの旅は、今のわたしにはできないけれど、今度、友人と一緒に、日帰りで福島を訪ねてみたいと思った。そのとき、土手には何の花が咲いているだろうか。きっと、花好きの友人が、ひとつひとつ名前を教えてくれるだろう。



※写真は時々お店にうかがう「百草の庭」さんのHPサイトから






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by kokoro-usasan | 2017-02-16 13:40 | 日々

せり、せり。

e0182926_10293471.jpg晴れ。スーパーで三つ葉を買おうと思っていたら、その横に根付きのセリが並んでいて、思わず買ってしまった。心変わり。七草粥の日はもう過ぎてしまったし、繊細な料理もできないので、味噌汁に入れた。いい香りがした。いつも、少しだけ汁を残すのが習慣のようになっている母も、全部飲み干した。春も近い。

昔から、よく眺めているアジア・アンティークのHPがあるのだけれど、何年か前から、気になってしかたがない民族衣裳が、そこで紹介されていて、ただただ、その手仕事と意匠に惹かれ、何度も見に行っていた。凝った手仕事のわりには、全体の雰囲気に静かな落ち着きがあり、見ていると気持ちが落ち着くのだった。落ち着くと同時に、なにか背中を押される気持ちになる。居住まいを正したくなる。そんな衣裳だった。

つい先日、また性懲りもなく見に行ったら、なんと、ヤフオクに出品したという。しかも破格値。破格値が嬉しいというより、せりに出されてしまったことがショックで、生まれてこのかた一度もやったことのないオークションに名乗りを上げざるを得なくなった。登録して、いざヤフオク画面のなかに分入ってみると、それこそ数えきれぬものがオークションに出されており、何年も何年も、ひとつの衣裳を眺めて楽しんできたわたしのような人間には、同じようなものがずらりと並んでいる様子に、「目からウロコ」状態でもあったけれど、一方なんだか虚しくもあって、お目当てのものだけ、落札すると、すぐその場から出てきた。「星の王子さま」のお話を心のどこかで思い出している。王子さまのバラの花のこと。


届いた衣裳は想像に違わぬもので、しみじみと手で撫でてみる。丹念な手仕事。着古されて綻びたところも味わい深い。オークションに出されたと知ったときは、「どうして!」と慌てたけれど、今となってみれば、どこかの神様が、眺めているだけじゃなくて、あなたが手元に置いたらどうですかと、取り計らってくれたのかもしれないと思う。感謝。




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by kokoro-usasan | 2017-02-14 11:45 | 日々

ひこうき

e0182926_1112155.jpgきのうは午後から粉雪が舞い、今朝も、庭にはうっすらと白いものが残っていたが、空は晴れて、洗濯も済ませた。

先日ここでご紹介した池間さんと不破さんのライブの別の映像で「ひこうき」という歌が歌われている。印象に残るとてもしみじみとした歌で、今朝の空を見ていたら、その歌が心に浮かんだ。曲はたしか不破さんが作られたのではないかと思うが、詩は石川啄木だ。




飛 行 機    
        石川啄木 
            
見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。

給仕づとめの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病やみの母親とたつた二人の家にゐて、
ひとりせつせとリイダアの獨學をする眼の疲れ……

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。

1911.6.27.TOKYO.



今は個人がなんでもネットにアップできる時代だけれど、100年前は、「出版」というかたちを取らなければ、広くはだれにも読んではもらえず、自分の思いが、いつか誰かに届くことを切実に願いながら、叶えられずに一生を終えたかたがほとんどだったのではないだろうか。

見よ、今日も、かの蒼空に 飛行機の高く飛べるを

祈るように言葉を書き起こす孤独のようなものが、この短い詩のむこうに垣間見え、それゆえにこそ、給仕勤めの少年の、その非番の日の光景と、空を横切ってゆく飛行機の機影が、もはや忘れることができないほど、わたしの心の奥の奥に届き、100年を超えてなお切ない。




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by kokoro-usasan | 2017-02-10 11:17 | ことば

だませないもの

e0182926_1084932.jpgきのう、テレビでNHK1972年制作のドラマ「赤ひげ」のアンコール放送をしていた。山本周五郎原作。仕事だったので深夜帰宅してから録画を観た。赤ひげが若い見習い医師を叱る言葉、お上に楯突く言葉、どれもが心を打つ。当時、その見習い医師を演じた俳優が、自分の役を通して、こんなふうにコメントするのを聞き、それがまた胸にしみた。「ひとは騙せても、自分は騙せない。自分をどんどん嫌いになってゆく」 

自分の限界を超えた疲れから、患者の往診を断り、幼い子供を死なせてしまったその若い医師は、そのことを非難する赤ひげに、「医者だって人間だ」と返す。周りの同僚たちも、「みんながみんな赤ひげのように強いわけではない。彼は一種の狂人なのだから、彼の叱責など気にするな」と慰めてくれる。そうだ、そうだ、赤ひげの言い分は暴論だ、医者だって、治療に疲れ果てて睡魔に襲われている状態で、さらに往診などいけるものか、若い医師も、そう結論づけられたなら、それで話は終わるのかもしれないが、彼はだんだんに自分の気持ちを荒ませてゆく。小雪の降る街中を深夜まで、与太者のように彷徨う。酒をあおる。

「ひとは騙せても、自分は騙せない。自分をどんどん嫌いになってゆく」

赤ひげの「求めるもの」があまりに過酷であると糾弾したい思いの一方で、「医者は人間である前に医者だ」と、怒りに任せて彼を叱責してしまった赤ひげの「こころ」が、彼には見えている。見えていることを、見えていないことにはできない。同じ「こころ」がそれを拒み、葛藤する。

いいドラマを観ることができてよかった。



※ちなみにこの放送は連続ドラマだった放送のなかから一話だけ取り出したもので「ひとり」というタイトルです。「ひとり」というタイトルがまた意味深いと思います。







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by kokoro-usasan | 2017-02-06 10:10 | ことば

春に爪を立ててしまい

e0182926_1130511.jpg立春。
きのうは、休日で、天気もよかったのだが、朝から顔も洗わずに、パソコンの前に座っていた。母に食事を出さなければならないので、そのときだけ、椅子から腰をあげる。考えなければならないことがあって、あれこれ文章を練ってみたものの、あざとさが見え隠れして疲れた。夜、同僚からメールが入り、体調が悪いので、シフトを別のひとと替わってもらったと連絡が入った。風邪を引くひとが目立ってきた。こんなふうに、普段と違う根のつめかたをして、食事もいい加減にしていると、自分も危ないな、自分がダウンすると、仕事も、母親の世話も危なくなるな、と思い、ワードの画面を閉じた。

宵闇のなか、隣家から、幼い子供たちの声で、「鬼は外、福は内」の声が聞こえてきた。毎年、福豆を買うのだが、今年はなんとなく買わなかった。「恵方巻き」の「一本丸かじり」の風習が、かつて花街で、旦那衆が、芸者さんに強要して楽しんだのが、そもそもの始まりだと聞いて、げんなりしていたせいもある。随分と趣味の悪いお遊びを、家庭の団欒の場に持ち込んで、商戦を盛り上げていたのだなと思う。便乗商法はもともとそんなものだと思いつつ、それでも、言われるがまま、そうなんだ、そんな風習があるんだな、みんなで丸かじりして、幸運をお祈りするのだな、と素直に受け入れてしまった去年までの自分を思い、あぁ、これだって、post truthの類ではないのかと、うっすら嫌な気持ちになる。

嫌な気分になった勢いなのか、深夜、よせばいいのに、映画「南京! 南京!」をyou tubeでまた見てしまった。日本語字幕の完全版は削除されてしまったらしく細切れになっていたので、字幕のないほうの完全版を、2時間余、じっと見つめた。中国語の映画だけれど、一度、字幕で見ているし、出ている日本人は日本語でしゃべっているので、だいたいの筋はわかる。怖ろしい映画だ。(気持ちの弱っているかたにはおすすめしません)それでも、実際の恐ろしさに比べたら、きっとソフトなものだろう。見ていて、どうしたって思うのは、日本人だろうが、中国人だろうが、いや、どこの国だろうが「なぜ、こんなことをやらなければならないのか」「なぜ、こんなふうに死ななければならないのか」 だった。

立春らしくない話題になってしまった。







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by kokoro-usasan | 2017-02-04 12:08 | つぶやき

あなたの歌を聴かせて

e0182926_951316.jpgのどかな朝。

先日、you tubeで見た歌の映像が、そのときは、最初ちょっと意味不明な感じがあったのだけれど、あとになって、あ、そうかと腑に落ちた。

ある歌うたいの女の子の前に3人の男性が現れる。

最初の男性は、自分がどんなに音楽に造詣が深く、関係者の知り合いも多く、先日も海外の空港で有名なアーチストに会って言葉を交わしたことなどを延々と語る。女の子は退屈そうで、うん、うんと返事をしながら、部屋のなかの片付けを始めたり、庭に出て、知り合いの女の子に髪を切ってもらったりする。それでも、その男性は、女の子のあとをずっとついてきて、またぞろ、延々、様々なウンチクを傾け続ける。そして、女の子の歌もすばらしいから是非歌うといいとすすめる。

急に画面が変わって、今度は別の男性が、玄関から入ってくると、自分の家のように、無遠慮に椅子に座って、女の子に、インタビューにきたと告げる。女の子は相変わらず、気乗りのしない様子ではあるが、仕事の手を休めて、男性の前の席に腰掛ける。男性は、女の子の歌についての、事細かな分析をし始め、その歌の持つ意味あい、社会におけるその位置、及ぼす影響などについて、まるで、自分が歌ったものであるかのように、熱く語る。そして、ときどき、そのあたりどう思うか、と女の子に問いかけるのだが、女の子が目を点にして、なにか声を発しようとすると、自分が先ほど開陳した自説を自分でかみしめるように、わかりました、では次の質問です、と女の子の言葉を遮ってゆく。この男性も、女の子の歌がすばらしいから歌ってほしいと願っているのだが、結局、歌など聞こうともせず、自説だけ述べて、失礼いたしましたとまた玄関から出てゆく。

最後だけ、少しちがう。女の子が寝室で寝ていると、障子の向こうでギターの音がするのだ。その音色に惹かれて、障子を開けると、天気のよい縁側で、3人目の男性が、彼女に背を向けたまま、無言でのんびりとギターをつまびいている。とても気持ちのいいメロディーで、女の子は、そろそろとその男性に近づいてゆくと、そっと隣に座り、その響きに耳を澄まし、やがて身体を揺らしながら、幸せそうに歌い始めたのだ。そのギターの音色と、女の子の歌声がいつまでも、のどかな庭に流れ続けた。 





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by kokoro-usasan | 2017-02-03 11:02 | つぶやき

巴里・のような

e0182926_11271041.jpg大学に入ったばかりの頃、医大を目指していた幼馴染は、一浪して、神保町界隈の予備校に通っていたようで、書泉グランデで配っている「しおり」を何枚も集めては、時々、わたしに持ってきてくれた。毎回、様々な絵描きさんの可愛らしいイラストが描かれていたので、いつのまにか、結構なコレクションになった。とはいえ、わたしはあまりしおりを本に挟む習慣がないので、それらは、とりあえず専用の箱に入れて保存されていた。

浪人生活に入ったことは、彼にとって非常に辛いことだったらしく、そうやってしおりを集めては、ノーテンキな幼馴染に届けるということが、わずかな息抜きだったのかもしれない。

後年、わたしはまさに、その神保町界隈、西神田2丁目という場所で自分が生まれたことを知るのだけれど、当時は、まだ知らずにいた。わたしにとって、神保町は、ただ単に「古本屋街」だった。幼馴染が、「おいしいカレー屋をみつけたから、今度、連れていってあげるよ」と言ってくれたのを覚えているけれど、実際に行ったのかどうかは、もう思い出せない。

12、3年くらい前だろうか。自分が、「実の両親」のもとで産声をあげた土地という認識を持って、ひとり、神田に出かけたことがある。映画「珈琲時光」でも撮影に使われた西神田の喫茶店「エリカ」は、まだ閉店しておらず、窓際の席に座って、静かに時間を過ごした。そばの席では、出版社のかたと、作家らしきかたが打ち合わせをしており、実に失礼な話だが、わたしは、彼らの、どこか「クロウト」っぽい言葉の選び方が、きざっぽく思えて、なんだか、聞いていて恥ずかしかった。

日が落ちて、夜の帳りの降りたあと、あれは、どのあたりだったのだろう、ふっと、通りに目をやったとき、その街並みが、まるでパリのように見えて、どきっとした。「いやいや、それはあまりに大げさだよ。ここは、神保町ですよ。」と、自分で自分に突っ込みを入れながら、あらためて、じっと、街並みを見た。ぐあんと、めまいのようなものに襲われて、パリだかどこだか知らないが、自分の知らない時空にタイムスリップするような変な気持ちになった。そして、やはり、それは、どこかパリに似ていたのだ。でも、ひととき、そんな気分に浸るのも悪くないなと思い直し、しばらく、そこに立って、パリの夜の街並みを思い起こしていた。

きのう、未知のかたのFBで、冒頭の神保町の写真がアップされているのを見た時、あ、と思った。なんとなく、やっぱり「そういう景色」が、ここにはあったのだ、と、自分のかつての「大げさな感慨」を、すこしは擁護してあげられるように感じ、ちょっぴり嬉しかった。


ちょっと、
似ていますよね。ふふ。







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by kokoro-usasan | 2017-02-01 12:49 | つぶやき


閉じられていないもの


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