カテゴリ:本( 35 )

anywhere but here

e0182926_10514680.jpg「ここではないどこか」

昨日、夕飯の買い物で駅前まで行ったものの、それまでしょっちゅう買い物ついでに寄っていた書店が閉店してしまったせいで、なにか今ひとつ欠落感があり、仕方なく電車にのって隣駅の書店に足をのばしてしまった。「立ち読み」するために、隣駅まで行くなんて暇人だ。amazonは、あちこちの書店をまわって目当ての本を探す手間がなくてとても便利だけれど、わたしは、書店で、見知らぬ人が本を手にとって、黙々と読みふけっていたりするの見ながら時間を潰すのも好きだ。へー、あのひと、そういうの読むんだ、とか、横目で見て観察。自分もそういうふうに観察されているのをある程度承知で、店内をまわる。ひとつの関係性がそこにはあるのだと思う。

立ち読みの楽しみとは言うものの、実際には、結局何冊も買って帰ることが多いから、わたしは書店にとっては、そう悪い客ではないと思うのだけど・・・。

きのう行った隣駅の書店は妙にコミックコーナーが充実していたので、意識的にコミックコーナーの迷宮に入り込み、いろいろ手にとってみた。レコードに「ジャケ買い」というのがあるように、漫画も表紙買いしてみようかと思ったけれど、意外にも小心で、手堅く萩尾望都の文庫本を買った。萩尾望都は、わたしが小学生の頃にはすでに売れっ子だったので、感覚的には、「いにしえの」漫画家のような気持ちになっていたのだけれど、そんなことはなかったのですね。きのう買ったのは「山へ行く」という小品集(2016)なのだけれど、anywhere but here(ここではないどこか)がすべての作品のテーマになっていて、懐かしい異世界、異空間、にひたった。

そのなかに、最後の3ページにしかセリフのない、たった20ページの「柳の木」という作品があるのだけれど、なんだか、泣けてしまった。柳の木のしたに傘をさした女性が春も夏も秋も冬も立っている。昼も夜も。胸を打つ展開だった。人間の想像力は、それでいいのだ、と思う。





追記

「柳の木」についてやや説明不足ではないかという気がして、自分なりにもう少し長い解説も試してみたのですが、どうも気乗りがしないので消しました。ただ、もし、実際に手にとって読まれた方がいらっしゃったなら、わたしは次のようなことについて語り合ってみたい気がするのです。

「あの女性はいつもこちら側を向いていて、なにか画面が二分される違和感があったのだけど、あとで考えてみると、その切なさが、彼女の「向き」によく表されているのだなぁって思ったの。本当に見たいもの、会いたいものを、彼女は正面から見ることをしていないのよね。そこには作者の意図が働いているということね。どうして傘なんかさしているのかなぁって最初に思った疑問も、実はきちんと意味を持っていることが、もう一度画面を見直すとわかる。そして、彼女がずっと少女のように若いままで、一言も言葉を発しないことが、この作品をより印象深いものにしているなぁって思う。そこには通底している「死」だけでなく、「誕生」を想起させるなにかがあって、あぁ、わたしたちはみな、こういう若い女性から生まれてきたのだなぁって考えてしまった。もちろん、最近は若くない出産も多いけど、昔は、まるで子供のような女性が子供を身ごもり、命をつないできたのよね。彼女たちが、「わたしの赤ちゃん」ってその命の始まりを慈しんで育ててくれたんだわ。と、そんなことまで思い浮かべてしまったわ。子供というのは、自分より若かったころの親に会うことが宿命的に出来ないものだものね。

わたしね、あの女性が反対側を向いて、正面からじっと見たいものを見守っているという構図だったら、この作品、こんなに胸を打たなかったんじゃないかと思ってるの。それには象徴的な意味があるわけよね。で、その象徴的な意味合いを、最後に「越えてくる」人がいる。二分されていた画面の境目がそこで一瞬にして消えてしまう。

ああ、ひとの思念は、そこを超えることができるのだ、と、こみ上げるものがあったの。
あなたはどうでしたか?   」








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by kokoro-usasan | 2016-09-13 12:20 |

岸辺の旅

e0182926_1064037.jpg何故だか気になって「岸辺の旅」(湯本香樹実作・文春文庫)を読んでしまった。先日、黒沢清監督がカンヌで受賞した映画の原作本だ。

黒沢監督の「アカルイミライ」が好きだった。そういえば、あのときも今回の映画と同じ浅野忠信が出演していた。ずいぶん昔だ。オダギリジョーもきれいだった。今回は、深津絵里が主人公で、最近、CMでしか見かけなかったので、ちゃんといい仕事をしていたのだなと、親戚でもないのに、ちょっと安心した。歳をとると、ほんとに、「老婆心」というのがおこるようだ。くすっ。

もともとあまり小説を読まない人間なので、映画の話題を知って、すぐに原作を読もうと思うなんて、とても珍しいことなのだけど、こういう、「普段しないことをしてしまう」ときって、きっと、なにか、目に見えないところで、大事なことが起きているんじゃないかと思う。導かれている。

「岸辺の旅」、面白かった。伏線が張り巡らされているので、まだ読んでいないひとのために、あまり内容は語らないようにしようと思う。読んでいて、あ、そうなんだ、って思う楽しみを奪ってしまうのはつまらないものね。映画が封切られたら、見に行ってみようかな。深津絵里はたぶん役にとてもはまっていると思う。

外出の際の電車の行き帰りに集中して読んでいたのだけど、付箋とか持っていなかったので、気になる文のページを小さく折り曲げておいた。物語の流れとは関係ないので、ここにひとつだけ、印象的だった文章を抜き書きしておこうかな。

  したかったのにできなかったことなんて、数えだしたらきりがない。
  でももしかしたら、したかったのにできなかったことも、
  してきたことと同じくらい人のたましいを形づくっているのかもしれない。


逆から言えば、してきたことだけが、その人のたましいを証明するものではないということかもしれなくて、したくてもできなかったことを、どのようにそのひとが自分の心のなかで「扱ってきたか」ということは、単に「しなかった」という一語で切り捨てられるものではないのではないか。「したくてもできなかったこと」への思いが、その人のたましいをより高いところに連れていってくれていることだってあるのかもしれない。よくある喩えだけれど、真珠は、あこや貝が傷つけられることで出現する。「したかったのにできなかったこと」が、いつか真珠になることだってあるのではないかと、その文を読んで考えさせられた。

死者も生者も、手を携えて再生に向かう旅。死者にとっての再生が、生きている側にとっては、つまり、本当の死を意味するものであったとしても。
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by kokoro-usasan | 2015-05-30 10:55 |

『原由美子の仕事 1970→』

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先日代官山に行ったとき、蔦屋書店で『原由美子の仕事 1970→』(ブックマン社)を買った。原由美子は、アンアン、クロワッサン、エルジャポンの創刊に立ち会った日本の代表的スタイリストの一人。かねてから、この方の回想録を読んでみたいと思っていたのだが、近所の書店には並ばず、かといって、アマゾンでワンクリックというのもなんだか味気ない気がしていたので、蔦屋書店の本棚で発見したときは嬉しかった。

アンアン、クロワッサン、エルジャポン。これらの雑誌は、戦後、母たちが購読していたファッション誌とは、センス的にやはり一線を画していて、今はネットなどで世界の動向も一瞬でわかるけれど、まだそこまでいかない過渡期の時代、新しいライフスタイルを牽引するハイセンスな雑誌が次々に創刊された。こういう刺激に満ちた雑誌全盛の時代をリアルタイムで経験できたのは、幸せだったなぁと思う。スタイリストという仕事に関しても、わたしは、この原由美子さんの名前と一緒に覚えたような気がする。エルジャポンや、マリ・クレール日本版が出たときは、感動したなぁ。特にマリ・クレールの写真が、とてもきれいで、ヨーロッパの古い町並みや風景に心奪われた。

b)
この本にたくさん掲載されている当時の雑誌の紙面には、過ぎ去った時間への感傷も重なって、じんとするのだけれど、その中に、向田邦子、高峰秀子、白洲正子と原さんとのそれぞれの対談記事も収録されている。リアルタイムでもうっすら読んだ記憶がある。当時は、錚々たる対談相手の言葉にいろいろ刺激を受けたものだが、今読むと、ツワモノたちを相手に、終始、穏やかな語り口で応答した原さんの静けさのようなものに惹かれる。そこには自分は聞き手だという意識が働いてもいるだろうけれど、それだけではない謙虚さのようなものを感じる。当時は、たとえば、向田さんの「通」な言葉のほうに影響を受けたが、自分も年をとったせいか、向田さんのしゃきしゃきした口調になんとなく若い痛々しさを感じたりもして、生きていると、こんなふうに読みが変わってくるものなんだなぁと我ながらちょっと驚く。

それにしても、最近とみにおしゃれに無頓着となり、同じ服を擦り切れるまで着倒している身としては、へへーん、と変なため息が出てしまうような素敵な一冊だった。
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by kokoro-usasan | 2015-04-26 02:57 | | Comments(0)

ぼんさいじいさま

e0182926_185350.jpgまた素敵な絵本を見つけた。
「ぼんさいじいさま」。

このとてもキュートなタイトルの絵本を描かれた木葉井悦子さんというかたは、残念なことに、1995年すでに亡くなられている。なんだか、日本昔話のような雰囲気の絵本だが、木葉井さんの心のふるさとは、かつて住んでらっしゃったこともあるアフリカの大地でもあったようで、そのときに学んだ死生観のようなものは、自然のなかのたくさんのいきものたちに見送られながら、「別の場所へ」去ってゆくこの「ぼんさいじいさま」の物語にも生きていると思う。木葉井さんも、こんなふうに旅立たれたのかなぁと考えてしまった。ぱっとみると気づかないけれど、一枚の絵のなかに、まるでだまし絵のように、たくさんの生き物が描かれている。

人間は、この大地を、「自分たちの土地」だと思ってしまいがちだが、木葉井さんの絵は、そういう思い込みから自由だ。だからこそ、小さな生き物を丹念に描き込んでゆく情熱を持ちうるのだろう。風の向こうに消えてゆくじいさまとは反対に、読み手には生の実感がずっしりと残される。他の作品も読んでみたいという気持ちにさせてくれる味わいに満ちた絵本だった。できれば、木葉井さんの「バオバブのこ アビク」という作品も読んでみたいな。(福音館さん、復刻しませんか?)


さて、図書館のかたが、この絵本を閉架図書の棚から探し出してきてくれる間、もう一冊、まったく別の色合いの書籍を手に取った。しばらく前に書店で見かけて、買おうか買うまいかと迷い、結局、その日は買わずに帰ってきたといういわくつきの本なのだが、なぜだか、図書館の「新刊コーナー」の一番目立つところに面陳されていて、また目があってしまったのだ。昨年8月に上梓されているので、今の情報社会では「新刊」には入らないだろうけれど、図書館ののんびりした時間の流れのおかげで、思いがけず借りることができた。「上野英信・萬人一人坑」。(河内美穂著)。図書館もなかなかいいものだと思った。
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by kokoro-usasan | 2015-01-08 19:37 | | Comments(0)

すきまについて

本棚に「絵葉書の余白に」(鶴見俊輔著)という本が置かれている。この著作は、沖縄の知人が愛読しているもので、1984年に上梓されている。最初読んだとき、鶴見さんの著書にしては、のどかな紀行文のような語り口で、知人が、わざわざこの一冊を選んで語ろうとすることに、少し解せない気がしたものだ。

それでも、去年あたりから、わたしにも、この本の怖さのようなものがわかるような気がしてきた。怖さというよりは奥深さということなのだが、平易に書かれたその紀行文の裏側に、赤子をあやしながら、人間の原罪を諭しているような、そのような箇所がいくつも潜んでいる。

最初は気づかなかった表紙裏の案内文に記された本文抜粋部分も、今読めば、実に示唆的なものなのだった。そこにはこう書いてある。

 世界が、国と国のあいだに寸分のすきまもなく分割されているように
 地図にはかいてあるが、それは、ほんとうだろうか。
 もともとは、国と国とのあいだにすきまがたくさんあり、
 国の内部にも統制のおよばぬがらんどうの部分がたくさんあった。
 国が鉄道やテレビや鉄砲によって
 だんだんに内部に人びとをとりこみ、支配する場所をひろげた。
 しかしそれでも、国と国のあいだに今もすきまはのこっている。
 このすきまを保つための政治上の智恵をはたらかす人々があった。
 大国の力が大きくなるにつれて
 すきまの意味も大きくなる。

これは「国境」という話を超えて、人間の自由の問題なのだ。
内部に「国」を流入させてはいけない。そこはすきまにしておかなければならない。国にそこまで支配させてはならないのだという言葉が、今ほど、理解できたことはなかった。

人間がもし、ひとりびとりの透明な空間(すきま)であったなら、どこからどこまでが自分なのか傍目にはわからないだろう。しかし、抑圧が加わったとき、その抑圧に抗する表面が生じることで、おのれの輪郭が浮き彫りになる。ここに、「自由を奪う他の支配」の侵入を許したとき、その人間の輪郭は消え、崩壊する。ここから、ここまでと、「線をひけば」輪郭ができると思ったら、それはまやかしなのだ。

自分の輪郭のなかに、国の理屈を入れてはいけない。自分が国の代弁者のようなものになってはいけない。すきまとはある意味、「ひとりの人間」と言うこともできるのではないだろうか。すきまを保つための智恵をわたしも働かすことができるだろうか。

哲学を考えるのは哲学者だが、市井には、それ以上の優れた哲学を「生きている」ひとがたくさんいる。鶴見さんのリスペクトは、いつもそこにあるように思う。

追記
なぜでしょう。
これを書いていたら、シモーヌ・ヴェイユが思い出されてなりませんでした。
少し飛躍しているでしょうかね。「真空」という言葉を思い出したのです。
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by kokoro-usasan | 2015-01-04 12:34 | | Comments(0)

青草を噛んで。

e0182926_1024971.jpgこのところ、石牟礼道子さんの「食べごしらえ おままごと」(中公文庫)を繰り返し読んでいます。本文はもちろんなのですが、冒頭の言葉も、あとがきにある「風味ということ」という一文も、どれも本当に味わい深いのでした。外出するときにもバッグにしのばせてゆき、電車に揺られながらページを開くのですが、石牟礼さんが語る食べ物にまつわる話は、飾り気のない慎ましいものばかりなのに、なぜだかいつもおんおん泣きたくなってしまうのです。そして、実際に電車のなかで、ハンカチを目頭に当てていたりするのでした。「なんだよー。わたし、オセンチ病かい?」なんて自分を茶化しながら。

 食べることには憂愁が伴う。
 猫が青草を噛んで、もどすときのように。

涙をぬぐったあとのわたしは、もしかしたら、青草をもどし終ってなにか淋しい目をしている一匹の弱った野良猫の顔をしているかもしれません。食にまつわる話は、あまり未来を想像してふくらむことはなく、やはり、過ぎ去った日々、戻らない日々を思い出させてしまうからでしょうか。

さて、この文庫本の解説は、池澤夏樹さんが書かれているのですが、実はそれとは別に、わたしは5月の始め頃から、旦敬介さんという未知のかたの短編集「旅立つ理由」(岩波書店)をちびりちびりと読んでいて、そのきっかけは、池澤さんが、4月の末に毎日新聞に書かれていたこの本の書評に惹かれたからでした。この書評の最後に記した池澤さんのつぶやきが、妙に心に残ったのです。お仕事も順調で、かわいい盛りのお子さんもいらっしゃる池澤さんが(ひょっとしたら、もう反抗期に突入してるのかしら?)、それでも、「さびしいのかな」と洩らす、その「さびしさ」って、それは、石牟礼さんが書かれた「食べることには憂愁が伴う」に通じるものがあるように思えます。

誰でも、生きのびてきたその最初の場面には、たとえ粗末なものであっても、「さぁ、たんと、おあがり」と、小さな命を育むために誰かが目の前に差し出してくれた食べ物があり、それゆえに今、ここにいるのでしょう。それは、「さぁ、たんと、おあがり」ではなくて、「これしかなくてごめんね」だったかもしれない。でも、たしかに、そうやって、幼い口元に生きる糧を含ませてくれた人の気配がする。

そうやって連綿とわたしたちは続いてゆき、最初に「さぁ、たんと」と言ってくれたひとたちから順に消えてゆく。それを思うと、わたしはやはり、おんおんと泣きたくてたまらなくなるのです。






補記
そういえば、今日、池澤さんの書評をここにリンクする際に、旦敬介さんのブログもあるのを知りました。さっき、ちょこっと覗いたら、なんだか、異文化の香りのする乾いた風がふっと画面から吹いてきたような気がしました。「旅は、戻ってくるためにするのだ」という言葉もありますけれど、今は旅に出ることも叶わないわたし、たまには旦さんのようなブログを眺めて、心旅をしてみましょうかね。
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by kokoro-usasan | 2013-06-03 11:14 | | Comments(0)

歳月のはしご(1)

こんやは月がきれいね。ゆうべ、満月だったみたい。きょうは少し欠けてるかなぁ。

なんだか、馴れ馴れしい書き方ですが、たまには、自分の言葉じゃなくて、誰か他のひとの言葉を書きとめておくようにしようかと思いついたら、ちょっと力が抜けて、こんな出だしになってしまいました。きょうは、新宿に出かける用があり、行きの電車の中で、アン・タイラーの「歳月のはしご」を読み始めたのです。500ページをゆうに越える作品なので、電車で読むには荷が重いかなと思ったけれど、えいっ!とね。結局、行きの道中では40ページも進めなかったけれど、それでも、3人の子持ちで40歳になる中年主婦ディーリアの「この頃なんとなく心が満たされない」感じを疑似体験するスタートラインにはつけた感じです。

「ディーリアはときどき、なんだか自分が、家族のまわりをブンブン飛んでいるだけのブヨみたいな気がした」

「優しく気のきく女だったのに、いつからバカで役立たずになったのかしら」


アン・タイラーは比喩がとても巧い作家だと思うけれど、ブヨのくだりなんて、中年の主婦でなくても、なんだかよくわかるような気がしました。これ、比喩のないシンプルな言葉でいうと、「疎外感」ってことですよね。「優しく、気のきく」性質は変わっていないはずなのに、それを喜んでくれたり、かけがえがないと思ってくれなくなった人たちと一緒にいると、何をしても、そこに自分の存在意義を見出せなくなってしまう。さて、この主人公、これから、どうなってゆくのかしら。遅読のうえに、あれこれ読みかじりの悪癖があるわたしなので、ちゃんと読み終わるかどうか心許ないけれど、学校の読書感想文とは違うから、こんなふうに途中経過を書くのもいいなぁって思いました。これから、しばらく、このテでゆこうかな。むふ。
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by kokoro-usasan | 2013-03-29 00:13 | | Comments(2)

なみだふるはな

以前勤めていた法律事務所から「事務所ニュース」新年号が届いた。懐かしく思い出しながら読んでいると、先輩のSさんが、ちょっとシニカルで、でも実はとても義理人情に厚い人柄を彷彿とさせる短い一文を寄せていて、なんとなく心に残った。

 「26年前、分割民営化して、不採算を理由に次々とローカル線を廃止、人々の生活を
 断ち切ってきたJRが「人と人を結ぶ」などとコマーシャルで言っている。
 「絆」という言葉を多く耳にするこの1、2年だが、一方で自己の損得・利益を基準と
 して「自分」がすべてに優先する傾向もまだ強い。」

そうか・・・と思った。不採算ならば、絆も切れてしまうものなのか・・・と。だとしたら、それは、人と人だけでなく、国家と国民の関係でも同じことだろうか。様々な社会問題において、その最も困っているひとたちを置き去りにして、「見ない」もしくは「見えない」ようにしてしまう権力と富のやり口というものに思いが及ぶ。


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非人道的な企業管理と運営のはての破局。
その結果、
長年に渡って危機にさらされる普通の人々の生活と命。
まるで互いが申し合わせるかのように情報を隠蔽し、
さらに国民を危機に陥れようとする政府と企業。
そして罪なき動物の犠牲。
やがて、母なる海の汚染。
 「なみだふるはな」(石牟礼道子・藤原新也対談 2012)

「なみだふるはな」は福島原発事故と水俣病の闇を同根のものとしてとらえ、藤原さんが見てきた福島の状況を語るとともに、水俣病のかけがえのない語り部である石牟礼さんを迎え、この二つの災禍について、震災後間もない2011年6月に語り合ったものだ。上記引用文は、藤原新也さんが書いたこの本の冒頭のメッセージ。

この中にも唖然とするようなくだりがあった。それは藤原さんが内橋克人さんの著書から引用して語られたものなのだが、1983年、原発推進の講演会で、当時の敦賀市長が、町民を前に語り、拍手を持ってむかえられた話の内容だった。それはこうだ。、国から原発建設の見返りとして与えられる50億円で、短大をつくり、大学を作り、運動場を作り、火葬場も作れる。それはもうタナボタな町づくりができるのだから、自分は信念をもって、原発をおすすめしたい。たとえ、100年経って、片輪が生まれようが、50年後に生まれた子どもが全部片輪になろうが、それはわからないけれど、現段階ではやったほうがいいでしょう、という演説だった。それが、町民の拍手を持って受け入れられたという事実に、俯かざるを得ない。

でも、これはけっして過去の話ではないし、また他人の問題でもない。身体への影響はおろか、地球規模での壊滅が見越されていてもなおかつ、目先の快感を満たすことから抜け出せないというのは、ひとことでいって「病い」だ。脳の快感中枢を操作したせいで、死ぬまで恍惚として自慰を続けるモルモットのようだ。わたしたちは、どこまで、「発展」すればいいのだろうか。

かたや、石牟礼さんの言葉は、とてもいきいきと瑞々しい。もはや、なにかを糾弾するというよりも、自らが「美しいと思うもの」をしめやかに、しかしひるむことなく語ることで、それを蝕むものがおのずと見えてくるような境地。石牟礼さんが語る野の風景、人の風景、これらはみな過去のものとなってしまった。しかし、それを、石牟礼さんは、まるで今そこにあるかのような質感と湿度をともなった独特の言葉で再構築する。なにも強いことは言っていないのに、その微動だにしない魂で、蝕まれてゆくこの世の哀れを指し示されると、読み手は強い言葉で糾弾されるよりも、胸にしみる。

花や何 ひとそれぞれの 涙のしずくに洗われて 咲きいずるなり    道子

かつて水俣病公害訴訟で上京した患者さんが、水俣に関する社会の無関心をこんなふうに言葉にしたそうだ。「水俣は、日本の外になっとるにちがいなか。日本から見れば、水俣は行方不明になっとるにちがいなか。」このままでは沖縄も、そして、記憶に新しいはずの福島でさえ、実はもうかなり「行方不明」になりつつあるのではないかと危ぶむ。そこにいることがわかっているのに、その救い求めるひとたちを「行方不明」とする仕打ちのきわまりない残酷さよ。オトナが平気でこれを行うのに、子どものいじめを云々する資格は、果たして本当にあるのだろうか。

e0182926_1111239.jpg年が明けるのを待っていたかのように、咲き始めた庭の蝋梅。

ほのかな優しい香り。

闇の中でもそれは香り、わたしを立ちどまらせる。
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by kokoro-usasan | 2013-01-09 06:33 | | Comments(0)

天沼寿子さんの本を手がかりに。

e0182926_2249432.jpg書店で平積みになっていたこの本にはっとしたのは、帯に「抗がん治療を受けない選択」とあったからです。迷わず購入しました。わたしがずっと気になっていたことへの一つの回答がここにあると思いました。嬉しかったし、励まされた。読んでよかったと思います。一歩、前へ進んだ感じがします。自分の人生を自覚的に生きる必要性。もううっかりぼんやりではいけないのだと感じ始めていた矢先だったのです。

「身ぎれいな」なんて題されていると、死はそんなにきれいごとではないよとアレルギーをおこされるかたもいると思うのですが(わたしもちょっとそういうとこあるかもしれません。でも・・・)、それは、天沼さんの個人としての人生の選択、ポリシーとしての表明ですから、そこのところは、各人のポリシーで、大事なのは「終いじたく」ということを考えてさせてくれるということです。

血縁のないわたしを最後に看取る人が誰なのかわたしは想像することができません。今の課題は養母をとにかく最後まで見守ることです。彼女より先に死ぬわけにはいかないという思いがあります。なぜなら、彼女もまた血縁のない人だからです。これまで、わたしの心は、母をどうするかというところで止まっていたのですが、現在入院中の母を病院に置いて、がらんとした家でひとり眠るとき、今、自分の心臓が止まったら、母のこと、家のこと、仕事のこと、さぞかし、第三者のかたたちを煩わせてしまうことになるだろうと思い始めました。「明日のことは思い煩うことなかれ」と聖書にはあるかもしれませんが、「思い煩う」のではなくて、時を迎える準備を始めることは、御心にかなっているのではないかという気もします。

そのときにいつも思い出すのは養父を見送ったときの後悔です。80近かった父に、医師は抗がん治療を迫り、「しない」のであれば、もはや病院ではすることがないから退院してもらうことになると説明しました。病院とは病いを治すためにあるところで、治療せずに死を待つために用意しているベッドはないということなのです。死にそうになっている父を退院させる?わたしはその時、言葉は悪いのですが、その医師が死神のように見えてしまったものです。どうするのか決断を下すのは、わたしの役目でした。そのときになって、わたしは「緩和医療」という選択肢があるのではないかと気づいたのですが、事態はそれについてよく考え段取りをとる時間を与えてはくれず、結局父は抗がん治療の苦しみのなかで旅立ってゆきました。延命措置をとらないと一言で言っても、そこには無数の選択肢があり、「延命措置をとらない場合の措置」をどうするかは、医師ではなく患者側の明確な意思表示が必要なことなのだと思い知りました。あのときのショックは今も忘れられません。それから、少しずつ、死をどう迎えるかということを考えるようになりました。

斎藤茂太さんの「いつか死にゆく人としての小さなケジメ」という本に、命あるものはみな死ぬのだから、自分の死を直視し受け入れるケジメはつけておくべきだろうと書かれてありました。現代の進んだ延命医療に無自覚に縋ってしまうことで、人間から自らの「寿命を全うする」という感覚が失われ、死が単に「医療の敗北」「病気への敗北」という意味合いに限られてとらえられてしまうことの怖さ。「死」は「敗北」ではないと、モタ先生は言いたかったのです。

そしてまた、上野晴子さんの「キジバトの記」の最後、ガンが再発した晴子さんが、かねてからの考えどおりに自らホスピスに入られる記述もわたしにはとても印象深かった。まだ自分がホスピスに入ることになるとは思ってもいらっしゃらなかった頃に、すでに晴子さんは「ホスピス研究会」の会員になり、セミナーに通っては少しずつ知識を増やしておられたのです。わたしは、こういうかたこそが本当に知性ある人というのではないかという思いがしました。聡明な人だなぁと。

冒頭でご紹介した天沼寿子さんも、そういう聡明な方だったのだと思います。
「カントリーモール デポー39」という伝説的なアンティーク雑貨のお店を作られ、日本におけるその世界のパイオニアとして活躍された天沼さんは、がんが再発したとき、生活の質が著しく阻害される抗がん治療をもう受けないことに決め、限界まで様々な工夫をこらしながら、居心地のいい自宅で仕事を続けられました。そして先月、自ら青写真を描いた緩和ケアのサポートを受けられながら旅立ってゆかれました。この本が発売されるのを見ることなく旅立つことになるのを承知のうえで、「感謝をこめて」という言葉で筆を擱かれた天沼さん。わたしは、養母さえうまくその生活の質を維持してあげられない力不足に、キモチの芯が定まらない日々なのですが、天沼さんが実践されたことを参考にして、もう少し、今後、母や自分自身に必要になってくるかもしれない緩和ケアについて学んでみたいと思います。わたしも、医療の敗北ではない「死」を迎えられたら嬉しい。父の死、その死のありかたは、とても辛く、大きな後悔をもたらしたけれど、父が自分の死を差し出して、おまえはこれをよく見て、自分の生き死にを学べと導いてくれているのだと考えてみたいと思います。

えらそうなことを言ってますが、わたしも家族、親族がたくさんいたら、家族のなかの誰かにそれなりにお任せして旅立ってゆけばいいと思ったと思います。でも、いかんせん、わたしはひとり。どうやって送り出してもらうことを願うのか決めておかないと、周囲のひとにとんだ迷惑をかけてしまいますから、よりいっそうよく考えておかないといけません。そう思ってみると、これはやはり、生きることを考えることと同じなんだなぁって、よく言われることにたどり着くのでした。


天国の天沼さん、すてきな本を書いてくださってありがとうございました。
 天沼さんの気持ちを至らぬながらも受け取ったひとりの読者がここにいます。
 どうぞ安らかに。


 < 帯の言葉 >
 私は69歳、ひとり暮らしです。独身で子供もいません。胆管がんの手術の一年後67歳の時に、がんが再発しました。再発したら、「抗がん治療はしない」と決めていました。今も延命のための治療行為は特にせず、緩和ケア科で、進行具合を調べてもらい、鎮痛剤などを服用しながら今までどおりの生活を送っています。なぜ、このような選択をしたのか、どのような準備をしているのか、本書にあますことなく書きました。どなたかの一助になればと。
                                               天沼寿子




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by kokoro-usasan | 2012-11-26 23:37 | | Comments(3)

「キジバトの記」(上野晴子)

e0182926_16464618.jpg上野英信さんのことを知ったのは、2004年に創刊された「前夜」という雑誌ででした。上野さんの「豚の孤独」というエッセイが紹介されていたのです。上野さんというかたがどういう人物かは、わたしの拙い文よりも、そのエッセイに解説を付記されていた松本昌次さんというかたの文を引用させていただこうかと思います。

上野英信さんは、1987年11月7日、64歳でこの世を去った。広島で被爆、その惨禍を直視した上野さんは、戦後、翻然として京大を退学、筑豊の中小炭坑に一坑夫として身を投じた。以後、日本近代の資本主義化・軍国主義化、そして戦後の経済大国化の根幹を支えた石炭産業の先兵として酷使され、ガス爆発・落盤・水没等で殺され、果ては、「棄民」となった炭坑労働者たちの無念の生と死を、すぐれた多くの記録文学作品に、血をしぼり出すようにして刻印し続けた生涯であった。  

いつか英信さんの本をじっくり読んでみたいと思いつつも、それらはなかなか読むのに覚悟(気力)のいる労作揃い。軟弱なわたしは、英信さんの奥さんの晴子さんや、息子の朱さんのエッセイなどから、のんびりと読み始めました。ところが、これがまた、とても素晴らしかったのです。たとえば、朱さんの「父を焼く」(岩波書店)は豪快な父を持って苦労した家族の姿を描きながらも、そこに燻し銀のように光ってくるのは、人間が人間らしくあるって、本当はどういう肌触りのものなんだろう、と無心に考え直してみたくなるような暖かい感慨なのでした。

これが、奥さんの晴子さんの筆になると、また少し様子が違ってきます。そこには、男と女が共に生きてゆくという、きれいごとだけではすまされない側面が、抗い難く滲んできます。そして、そこが、さすが、英信さんの伴侶ということなのでしょうか。「素晴らしい夫でした」などという穏やかなまとめ方はしていません。一瞬たじろくような鋭さで、夫の人となりに切り込んでゆきながら、けっして切り刻みはしない。それが、晴子さんの英信さんに対する揺るがない敬意のゆえだっただろうことも、充分に伝わってきます。英信さんもただものではありませんでしたが、この晴子さんというかたも、ただものじゃないなぁ・・・と、ちょっと背筋ののびる思いでページをめくることになるのです。なんて、強い人だったんだろう・・・。

このたび、絶版だったこの晴子さんの「キジバトの記」が、新装版で復刊されることになったそうで(写真は絶版のもの)、朱さんの「父を焼く」の装丁で、とても味わいのある版画を彫られた山福朱実さんが、また装丁を担当されたそうです。さきほどそれをちらりと拝見したら、とても素敵な表紙になっていました。絶版の方の装丁は、山福さんのお父さんの山福康政さんがされているのですから、深く熱い縁によって、再度蘇ってくる感じが強くします。新しい装丁で、もう一度、じっくりと読んでみようと今から楽しみにしています。
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by kokoro-usasan | 2012-09-10 18:11 | | Comments(2)


閉じられていないもの


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