2011年 12月 06日
![]() ある冬、母が入院中のこと。仕事のあと、母の病院に寄り、家で寝ている父の分と二人分のお弁当を買って帰宅した。きょうはごはんを作っている時間がないから、お弁当にしたよと、父の寝室を覗くと、父の様子が普段と違い、息苦しそうにしている。人の倍は苦痛を我慢する人だから、その人が隠せない苦痛とは余程のことだと思った。救急車を呼ぶことにした。「救急車を呼ぶよ」と父に言うと、普段なら「大丈夫だよ」と言う人が、「あぁ」と答えた。そして、「ちきしょう」と呟いた。何度目かの救急車だったし、妻が入院している留守に、自分も入院することになることへの情けなさがあったのだと思う。買っていったお弁当を放り出して、救急車を呼ぶ準備をしていると、「めしを食え」と父が言った。救急車はそのあとでいい。おまえは、めしを食えと。今から病院に行けば、仕事から帰ったばかりなのに、朝まで食事をとれないまま、病院につめることになるだろう、だから、今、夕飯を食べておけと。 苦しがっている人を脇にお弁当など食べていられるだろうか。でも、父は半ば、怒るようにして、「めしを食え」とうめくので、わたしは、口に、肉団子だの御飯だのを詰め込みながら、食べてるよ、食べるから大丈夫だよ、と言いながら、救急車を待った。そのときは、幸い、4週間程度の入院で済んだし、よく覚えていないけれど、わたしは、翌日、食べ残しのお弁当を、父の分まで食べたような気がする。 夕べ、職場のFちゃんがダビングしてくれた「八日目の蝉」のDVDを観た。Fちゃんは時々、色々ダビングしてわたしに持ってきてくれるのだけれど、なかなか観る余裕がなくて、このDVDも、ずっとおきっぱなしになっていた。 不倫相手との子供をおろしたばかりの女性が、本妻に子供が生まれたのを知り、その子を誘拐してしまう話で、テレビでもドラマ化されたので、きっとご存知のかたも多いだろう。逃亡しながら、その子を育て、4歳まで慈しむのだけれど、たまたま撮られた写真が全国紙に掲載されてしまい、隠棲先の小豆島に、警察がやってくる。子供と引き離されるときに、彼女が叫んだのが、このタイトルの言葉だ。そして、深く頭をたれながらつぶやく。「よろしくおねがいします」逮捕時刻、午後7時20分。 以前、Fちゃんが、給湯室で、お茶碗を拭き吹き、このドラマのあらすじを教えてくれたのを、あざやかに思い出した。Fちゃんは言ったのだ。「親なのよ、それは」って。 2011年 06月 12日
そだ、そだ。先日の「日曜美術館」で紹介されていたのですが ルドンの絵を題材にした短いアニメーションDVDを ゆうべから繰り返し見ています。 こういうのです。 こっちのほうがいいかな。 布団にもぐって、じぃっと見てると、うっかり眠ってしまう。 はっ!と目が覚めると、もう終っている。たった17分の作品。 しまった、と思い、目をごしごしし、そして、またじぃっと見始める。 と、また、あっけなく前後不覚。 の、くりかえし。 いえ、退屈なわけではないんです。面白いの。 それに、音楽もいい。 今日は、家にいる間、ずっとリピートで流してました。 ルドンの好きな人にもいいかも。 2011年 01月 03日
![]() しばらく前に予約し、年末にやっと届いたDVDを ちびちびと寝酒のように観ています。 寝酒なんてほんとはしたことがないので 知らないくせに。笑。 「ヴィニシウス 愛とボサノヴァの日々」というドキュメンタリー作品です。 どんな作品か簡潔に説明する自信がないので、裏表紙の言葉をそのまま引用しますと、 「イパネマの娘」を生んだボサノヴァ史上最も偉大な作詞家、 ヴィニシウスのドラマチックな生涯を綴った音楽ドキュメンタリー ということになります。ヴィニシウス・ヂ・モライスというこの魅力的な詩人は、 実はブラジルの国連大使まで勤めた外交官でもあったのですが、1964年 この国に軍事政権が発足した際、アルコール依存症という表向きの理由で 解雇されます。実際には、その自由な生き方が「危険人物」と睨まれたから だと言われています。モライス51歳のときでした。 寝る前のひとときに見ようと思ったものの、観始めると、そのボサノヴァの メロディのせいなのか、すぐウトウト眠ってしまい、何回観ても、どこかで 記憶がとぎれてしまうのです。まいったなぁと思いながら、新年明けて、 また、トライしました。 最初は、なにやら型破りで恋多き「おじさん」であるモライスの生涯を ちょっとペダンチックにつなぎ合わせた感じの作品なのかと思っていたのですが 何度も見返しているうちに、なにか、哀しみのようなものが、心に生まれてきました。 作品の中に、何度も、プリマベーラ(春)という明るい言葉も出てくるのに でも、何故かそれすら哀しい響きに思えてくるのです。これが、「サウダージ」と いうものなのかな、と思いました。 サウダージという言葉の説明で、とても素敵な文を、「サウダージブックス」さんの HPで見つけましたので、ご紹介しますね。 「サウダージ」とは、旅と混血の国であるブラジルに特有の、起源や伝統の欠落感に 裏打ちされた記憶や時間そのものへの甘美な憧れの感情をさすことば。 失われた 過去にたいする痛み、さびしさと同時に、未知と未来へのはれやかな希望を感じる ようなこころの態度。郷愁やノスタルジーというのとはちょっとちがう、時空をさまよう 不思議な感情のゆらめき いつもたくさんの友人に囲まれ、それがなかったら、他になにがあっても虚しいと 言った彼、大事なのは生きてゆくこと、幸せになることよりも、と言った彼。 この発言がアメリカで翻訳されたとき、大事なのは生きて、そして幸せになること、と 訳されたそうなのですが、彼が言いたかったのは、あくまでも、前述の通り。 ここにも、一筋縄ではいかない「サウダージ」の心があるような気がします。 彼はいつも笑っていた、と、回想する友人たちが、そう言ったあとで、みな、 ふっと哀しい顔をするのが印象的でした。 世の中には、素晴らしい才能を持って生まれてきて、それを、あくまでも、 触媒のように、惜しげもなく解き放ち、自分は流れ星のように去ってゆく、そういう 人がいるのだなぁ、と思います。 ちょっと、切ないですが、作品の終盤で歌われるこの曲も素敵でした。 「canto triste」 http://www.youtube.com/watch?v=2gjMlHkIXOw 君はいつも僕の人生の春だった だから戻ってきておくれ もう一度姿を現しておくれ 僕の嘆きの中に 2010年 11月 22日
2010年 10月 26日
![]() 渋谷のユーロスペースに「小屋丸 冬と春」を観に行きました。 棚田と豪雪で知られる新潟県十日町市の山深い村里を 舞台にしたフランスジ人ジャン=ミシェル・アルベローラ監督 によるドキュメンタリー作品です。(2009) ユーロスペースは初めて。しかもレイトショーだった為、終了が22時50分。 ややひやひやでした。(郊外の家に帰るには、終電ぎりぎりの時間なのです。 もちろん帰宅するころには日付が変わっています。都内で仕事をしていた頃は それが日常でしたが、ここ数年、すっかり「田舎時間」に馴染んでしまいました。) パンフレットには、1982年「ニッポン国古屋敷村」、1992年「阿賀に生きる」と 並ぶドキュメンタリーの名作と紹介されていましたが、1982年に「ニッポン国 古屋敷村」を観たときの、どこか恐ろしいような衝撃はなく、もっと、繊細で、 雪に染み込んでゆく雨のようにしっとりとしたモノクロの美しさが出ていたと 思います。それは、小川紳介という野武士のような監督の持っていた土や草の 匂いの嗅ぎ取り方、人間の体温への愛惜、執着、社会への痛恨の思いとは異なり、 現代美術家であるアルベローラ監督の、アーティストとしての一歩引いた美的感覚 との違いなのかもしれません。 里山に暮らすことと都市文明とを比較して強引に何かを考えさせようとするのでは なく、里山に暮らすことそのものを、もはや心象として思い浮かべることさえ難しく なっているような若い世代にも控えめに穏やかに染み込ませてゆくような、そういう スタンスであるように感じられます。そして、それは、この監督自身にとっての 内的リアリティでもあったのだろうと思います。 大胆なことを言えば、この作品、雨の音、雪を踏む音、田圃の水の音、そうした 自然の音と映像だけで、伝えたいものは伝わってゆきそうな気がしたくらいです。 ドミニク・パイーニさんという元シネマテーク・フランセーズの館長を勤められていた 方が、この作品に対して書いていた文章「アルベローラの距離」が、とても示唆的で 面白かったです。それについては、引用などが長くなってしまいそうですので、次回に まわしたいと思います。 とにかく、終電に間に合うかドキドキしながらも、すいすいと電車の乗り換えも進み、 まるでベルトコンベアーに乗ったように地元の駅に送り届けられました。 小雨まじりの夜の空気、渋谷の雑踏での人いきれの滲むような雨の匂いと 郊外の人気のない通りでの緑の香りに満ちた雨の匂い、そのふたつが、 たった1時間少しの間に並存していること、たとえば、それが、東京の不思議と いうものでしょうか。 2010年 10月 21日
![]() 岩波ホールで上映中の映画「冬の小鳥」を観に行きました。 (ウニー・ルコント監督 韓・仏合作 2009) 上映時間ぎりぎりに滑り込んだところ、思いがけず(?) 客席は結構埋まっていて、目に入った空席に躊躇せず 座らせてもらいました。 自分を児童養護施設に置き去りにした父親がいつか迎えにきてくれることを 信じている9歳の少女ジニは、自分は「孤児」ではないと言い張って、施設と 一線を画すのですが、やがて、こっそり面倒をみていた瀕死の小鳥が死に、 それを埋葬したあと、様々な心情の屈折を経て、今度は自分のための穴を 掘り始めます。子どもが自らを埋葬しようとするそのシーンは、この映画の 見所のひとつです。 首まで土に埋もれてじっと虚空を睨むジニの姿を見ていて、わたし自身も 子どものころ、同じように自分を埋葬するような儀式をしたような気がして きました。「もう一度生まれかわってやり直せるなら」と思うのが、すれた オトナだけだと思ったら、それはきっと大間違いなのでしょう。 それでも、「死んだと思えばいい」「明日から新しい自分になったと思えばいい」と いたいけな心に自ら灯をともす子どもの逞しさは、「だめな理由」ばかり探して、 次の一歩を踏み出そうとしないオトナたちよりも遥かに清潔で、聡明なものに 見えてなりませんでした。 自分もジニに負けずに生きたい、と思ってしまいます。哀れな子どもの話と して上から見下ろすより、むしろ、彼女の真直ぐな意志というものを見上げる ような心持になるのでした。 寡黙ともいえる映画ですが、熱いものを内包したとても芯のある映画でした。 映画館まで小走りに急いだせいでしょうか、買ったばかりのイヤリングを 片一方無くしてしまいましたが、それもまたこの映画を観た思い出のひとつに なるような気がしています。映像の中の韓国郊外の風景、その冬枯れの 景色のなかに、イヤリングを落としてきたような、そんな思いがするからです。 2010年 06月 28日
引き続き、ナイトキャップがわりのDVD鑑賞。 「SEX AND THE CITY」で失意の主人公キャリーのアシスタントというおいしい役どころを 愛らしくも頼もしく演じたジェニファー・ハドソンは、実はこの「DREAM GIRLS」が映画デビュー 作だという。共演のビヨンセを喰ってしまうほどの、まさかの貫禄で、堂々演じ切っていているのが すごい。デビューといっても、層の厚いかの国では、ああいう人材がひしめきあっているのだろう。 ![]() jennifer hudson マイケル・ジャクソンの命日がちょうど過ぎたばかりだが、この物語は、そのマイケルが その可愛い歌声で世の中に出てくる少し前の時代から始まる。そこには黒人が参政権を 得てゆく中での、時代背景的なものも、僅かだが映像で織り込まれており、そのおのおのを 掘り下げることはもちろん出来なかっただろうが、観ていると、何か色々と考えさせられる。 ![]() ショービジネスという世界が、わたしはきっと好きだ。寿命が尽きて、この世を去らねば ならない日がきたときに、最新型の機械技術の恩恵を受けられずに死ぬことには何の 未練もないだろうが、時代をともに生きた人間の歌声や、その芸の粋に、二度と接する ことなく、別れてゆかねばならず、そして、もう二度と、人間に生まれてはこないかも しれないことを残念に思うことはあるかもしれない。そう思えば、一生はなんて短いもの だろうか。 そういえば、まだ小学生だった私に、帰国子女だった友人が、おみやげにくれたのが、 「AMERICA THE BEAUTIFUL」という二枚組のRCAのレコードだった。 これが、子どもにはかなりおませな内容で、アン・マーグレットの「カンサスシティ」や 「シカゴ」なども耳で覚えたが、人前で口ずさむのははばかられた。 かろうじて、ペリー・コモの「I LEFT MY HEART IN SAN FRANCISCO」あたりは、 夕飯を待つ間、歌ってみたりしたが、それにしたって、ずいぶん、老けた趣味だったよね。 ![]() 2010年 06月 27日
ゆうべは、 「プラダを着た悪魔」つながりというか、NY路線というか、「SEX AND THE CITY」 の2008年公開映画バージョンを観た。同僚のFちゃんがテレビの方のファンだったのだが、 わたしは、この物語、初めて観た。こういう感じの赤裸々さから、少しでも、刺激を受けたいと 思う自分がいるのだろうか。 ![]() 華やかに自分を飾りつけていくことと、情けないまでに剥き出しの裸になってゆくことが、 同時進行している登場人物たち。同時進行というより、まさに同義といった感じだ。 そもそも剥き出しにならなければ、磨くことはできない、とでもいうように。 「何も手をかけないこと」を、一概に、素朴とか、正直という言葉で安易に形容することは 大きな間違いなのだろう。無気力という病でしかないかもしれないからだ。 正直さというのは、おそろしくポジティブで、ある意味、装飾的なものでさえあるのかも しれない。なんだか、そんな気がしてくる。 生きるということは、「力学」なのだと、ずいぶん若い頃に、仲間と語り合ったことを ふいに思い出した。 すっかり忘れていた。 梅雨らしい雨の日が続く。 2010年 06月 26日
今朝は小雨まじりの静かで涼しい朝です。こういう朝もなんだかほっとします。 きのうは、仕事のあとプールに寄り、帰宅してから、「プラダを着た悪魔」をDVD で鑑賞。今更ですが、このメリル・ストリープ、いいですね。 あんなふうに、溜息のようなささやき口調で、かなりシリアスなことを、 澱みなく、ぶれずに喋ってみたいものです。しかも的を得ている。 人って、愚痴となると、かなり澱みなく喋るものですが、本来の仕事の場面で、 プライドを持って、しっかり整然と語れるようになるには、それ相応の努力と覚悟が いります。おのおのの価値観や、仕事の方向性は違っても、「努力なし」に一人前に なれる人なんて、やはりいないのだろうなぁと思います。 ![]() 悪魔?(メリル・ストリープ) 本当の夢を追って、自分のもとを離れていった主人公を評して、 「最も期待を裏切られた人材だが、彼女を雇わないとしたら大馬鹿だ」と、 次の就職先の責任者にファクスを寄せたミランダ(メリル)の言葉には、 何か、胸を打つものがありました。 ※プールはゴーグルを忘れてしまった為、泳がずにウォーキングコースや、 ジョガープールだけ。とてもきれいなフォームで、ゆっくりと、延々泳いで いる人がいて、なんだかかっこいいなぁと思いました。 男の人って、見栄をはるのか(?)、妙に速く泳いで、すぐ「休憩」になる人が 多いのですが、長距離をマイペースでという泳ぎに惹かれます。 次回は忘れずにゴーグルを持ってゆきましょう! 2010年 05月 23日
「かもめ食堂」の文庫本を読み終わったところで、今度はFちゃんが、DVDを貸してくれた。 「ぼくとママの黄色い自転車」というお話。去年の夏に封切られた映画らしいのだが知らなかったナ。 少し前、Fちゃんが、職場の給湯室で、お茶碗を拭きふき、あらすじを教えてくれたのだけど、 事情があって、母親と離れて暮らしている少年が、その事情を知るべく、父親に内緒で、 母を訪ねてゆく話だ。ふうん・・・と半分聞き流していたのだが、その事情というのが、実は、 母親が若年性の認知症を患い、生まれたばかりの我が子すら、段々に判らなくなってゆく ことに苦しんだ末、その姿を子供に見せる前にと、離れて暮らすことを決断したことによる ものなのだった。そこで、え?と関心を見せたのを、Fちゃんは見逃さなかったのだろう。 何も言わないのに、DVDを持ってきてくれた。 「アルジャーノンに花束を」の切なさに似てるね、と、給湯室での会話のとき、わたしはFちゃんに つぶやいたのだが、Fちゃんは、「アルジャーノンに花束を」のほうを知らないようだった。 自分の命と引き換えにしても惜しくないほどの我が子なのに、その子が、「おかあさん」と 呼びかけても、何も反応できなくなる日が来ることを、母親はどれほどの思いで、覚悟した ことだろうか。事実、まだ小さな息子がやっと彼女のもとにたどり着いたとき、彼女は既に それを認知できなくなっていた。 こうしてあらすじを言ってしまうことを、「ネタバレ」というのかもしれないが、映画に関わらず、 生きるって、「ネタバレ」の先にあるものを、どう受け止めてゆくかという問題なのだ。 この映画も、少年の願いを実現するべく、何人もの人生が交錯するが、彼らの人生もまた それぞれの「ネタバレ」を越えてゆく。 「ネタバレ」を越えるためのキーワードを、いつも、子供たちの偽りない会話の中に、 盛り込ませているのが、心憎いな、と思う。そんなかっこいいこと、子供がいうかねぇと ちょっとドギマギしたけれど。 終盤で出てくる柄本明が(これがまたいい味の)、母親に会えて、どんな真実を知っても 乗り越えること、おまえのためにおまえに嘘をついてきた父親を許すこと、この二つだけ 約束してくれと少年に頼む。 たった二つだけだ。 だけど、私は震撼とする。 この二つの約束の難しさと尊さに。 ※ところで、DVDの盤面に印刷されてる出演者のところ、阿部サダヲが、阿部サラヲに なってますよーー。 < 前のページ次のページ >
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