カテゴリ:日々( 431 )

虫鳴きて

現在、ショートステイに預けている母だが、わたしが連休の日は自宅に戻ってきて一緒に過ごす。ずっと在宅介護をしていくつもりだったのに、事態はどんどん、離れて暮らす方に傾いてゆく。在宅介護にこだわっているのは、認知症ではっきり意思表示できない母をのぞいては、結局わたしだけなのであり、わたしが、それをできるのか、できないのか、を判断するしかないのだった。今の母の状況では、それは無理な話だというのに、わたしは、まだ、時間を巻き戻しできるのではないかと、心の奥で期待していたりする。

母をショートステイに訪ねて、「さ、お母さん、明後日は家に帰るからね」というと、母は「うん!」と嬉しそうにうなづく。しかし、自宅に戻って一晩過ごし、翌日、またわたしは言うのだ。「さ、お母さん、午後になったら、ショートステイに帰るからね」すると、母は、「帰る」という言葉にとまどう顔になる。あきらかに混乱し始める。「帰ったらいけないの?」「いいのよ、これから帰るのよ」この会話も噛み合っていない。母もわたしも、どこからどこへ行くことが「帰る」ことなのか、全部一緒になって、ふたりで、「帰る」「帰る」と繰り返すことになる。ショートステイには、「行く」と言うべきなのかもしれない。


先日、1929年生まれの聡明な友人から、ご本人の句集をいただいた。意志的な生き方をされているかただと思う。わたしの母よりも4つ歳上だが、まだ、未知のことに挑戦する意欲を失っていらっしゃらない。若輩者がだらだらしていてはいけないと、はっぱをかけられる思いだ。

母が自宅にいる間、わたしは、使命感といえば大げさだが、いくばくかの張りを持って、皿洗いにすら、力が入っていた。「家事」というのは、誰か自分のほかにもひとがいてこそ「家事」という感覚になるのであって、一人で暮らしていると、ただ、「生存」の一端にすぎないような気がする。自分の面倒を自分でみるというのは、どうも「家事」という言葉となじまない。このところ、そんなことを感じていた。

上述の友人の句集のなかにこんな一句がある。

  虫鳴きて一人の茶碗洗ひをり     小城伊津子  (句集「日記買ふ」より)


ことしの秋は、これからの人生のことを、あらためてよく考える日々になることだろう。





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by kokoro-usasan | 2017-08-19 18:59 | 日々

子猫

先日、駅前の商店街へ向かう道すがら、ある一軒の家の前に、夫婦と思われる男女が立ち尽くしたまま動かないでいるのが目に入ってきた。暑さと湿気のこもる夕暮れ時で、遠目にははっきりしない表情ながら、家のなかを覗き込んでいるように見える。執心している様子が不自然で、あのふたりはなにをしているのだろうと訝しく思いながら近づいていった。

すれ違うほど近づいたところでやっと分かった。その家の庭先にまだよちよちしている子猫たちが何匹もふにゃふにゃと身を寄せ合っていたのだった。猫好きらしい夫婦は、それが気になってしかたないらしく、他人の家の庭をじっと見つめていたのだった。

親猫が飼い猫なのか、野良猫なのかはわからないが、その家で子猫たちは生まれたのだろう。もし、野良猫だった場合、たとえば、通りすがりのひとが、拾って帰るなどということもできるのだろうか、ペットに縁のないわたしは、小さな命が自分の家にあらたに仲間入りする情景を、どきどきしながら想像してみたりしたのだが、我が家は今ペットを飼える状況ではなく、顔を寄せ合って、庭先を覗き込んでいる仲の良さげな夫婦を横目で見ながら、何事もなかったように通り過ぎた。

昨日、同じ家の前を通り過ぎようとしたとき、低いブロック塀の角で、なにか動くものが目に入った。ふわふわしたトラ猫の頭頂部が出たりひっこんだりしていたのだ。最後に、少し、顔を塀の上にだして、大きなあくびをした。子猫だった。あくびしたあと、一仕事した余韻にひたるようにふがふがしている。子猫のくせに、偉そうに(?)しているのが可笑しくて、傍に寄って、「いま、あくびしたでしょ」と声をかけたら、こちらを見て、「うーん、謎の生物接近!ただいま観察中」みたいな顔になった。まんまるな目。

子供をあやすのも苦手なわたしだから、猫にだってうまく近づけない。猫好きなひとが、道で見かけたどんな猫にでも近寄っていって、手をのばし、撫でたり、抱き上げたりする姿を見るたびに、「撫でていいかどうか、猫に聞かなくていいの?」なんて思ってしまうほどだ。

しばらく塀ごしに見つめあっていたけれど、わたしのほうが先に失礼することにした。「元気に大きくなるんですよ」たぶん、あの子猫は結構人慣れしている様子だったので、「あれ、あなた、わたしに触らなくていいんですか。みなさん、そうしますよ」みたいな顔をしていたけれど。「別に」。あなたがすり寄ってきたなら、撫でてあげてもいいけど。そんなことをぼんやり考えながら、わたしそのものが、かなり「猫」なんだな、と思った。

それにしても、自分を頼ってくる小さな命が、かたわらに寄り添い、疑いを知らぬ目でじっと見上げてくれるような経験が、わたしの人生にはまったく不足していて、その経験不足の故か、もし、そんなことがあったなら、心臓に悪いほど、緊張するのではないかと感じてしまう。その先にある、もっと素晴らしいものを知らないからだろう。


わたしの養父母は、赤ん坊のわたしにみつめられ、どんな気持ちだったのだろう。その腕に赤ん坊を抱いて過ごした初めての晩はどんな思いだったのだろう。怖くなかっただろうか。それを凌ぐほどのものを、わたしは彼らにもたらすことができたのだろうか。ふと、そんなことを思う。





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by kokoro-usasan | 2017-08-04 11:36 | 日々

今年は、今、母を預けている丘の上の施設を訪ねる行き帰りの山道で蜩の声を早くから耳にしていた。蜩といえば、どこか物悲しくて晩夏のイメージなのだが、特にそうでもないのかもしれない。逆に、夏を知らせるイメージの、あの賑やかなアブラ蝉の声が遅れているように思った。

盛夏には、アスファルトの上に数知れずその骸が転がっている。あの蝉たち。

昨夜、台風の影響だというしとしと雨の闇のなかで、ジジ、ジジ、という壊れたゼンマイのような音が不規則に聞こえるものだから、電気製品の消し忘れでもしているのだろうかと、寝床から起きて、家の中をうろうろ歩き回った。窓を開けて湿った夜気のなか、暗い庭に目を凝らし、耳を澄ましてもみたのだけれど、そのうち、なにも聞こえなくなったので、こちらも眠りについた。

今朝も雨は止まず、うっとうしく降り続いている。少し気晴らしに音楽を聴こうと思って、ふいに気づいた。雨の音に染み込むように蝉時雨が始まっていたのだった。蝉たちの短い夏が始まったということだ。今朝鳴き始めた彼らは、8日目には、骸になって落ちているにちがいない。わたしにはそれがわかっているが、彼らはどうなのだろうか。なにも知らず、自分の最後の時間を精一杯に生きるのみなのだろう。頑張れ、蝉。生きよ、蝉。


昨年起きた相模原の事件に関する取材記事をいくつか読んだ。亡くなられたかたのご家族の記事も胸に残るが、事件に巻き込まれ一時瀕死の状態となりながらも助かったかたのご家族の記事がわたしには最も印象深かった。それは、犯人に切りつけられ病院で生死の境をさまよったかたの意識が戻ったとき、側にいるお父さんの顔を見て、「お父さん、お父さん」と何度も呼んだというお話だった。それだけだったら、別段、特筆すべきことではないかもしれない。しかし、驚いたのは、それまで、そのかたは、一度も、自分の父親に「お父さん」と呼びかけたことがなかったというのだ。

もう中年になる息子に、生まれてから一度も「お父さん」と呼ばれたことのなかったそのお父上の気持ちやいかにと思った。もはや、そう呼んでもらえる日がくることなど期待しなくなっていたかもしれない。それが、あまりにも過酷な経験のあと、意識の戻った息子さんは、目の前のひとを、正しく「お父さん」と呼び続けたというのだ。助けを求めるように。

人間の心の奥深い部分のことなど、誰がわかろうか。ひとは自らの心の奥にあるものさえ、実はまともに理解などし得ない。取り澄ました理屈や明晰な善意を標榜するひとでも、時には向き合うことすら憚られる吐き気のするような混迷をうちに抱えているのが真実ではないのか。そのような身で、なにを裁くのか。

どうも、このところわたしは美しい言葉を見ると気持ちが悪くなる病に陥っているようで、その表現のどこからどこまでが、真正の叫びで、どこからどこまでが、誰でも使い回し可能な「表現の巧みさ」なのかと、しゃがみこみたくなるような不安を感じる。

自分で、「表現」の大切さを思いながら(そこに変わりはない)、その一方で、では「表現した者勝ち」なのかという疑念と苛立ちにとらわれるのだ。嘘八百でも、見栄でも、営利でも、表現した者、表現できる者が、この世に生きる価値の多くをになっているのか。大切にされるのか。

おそらく、この「病」は一過性のもので、今、わたしが向き合わなければならない課題ということなのだろうと思う。


わたしたちもまた、めまいのするような時間の堆積のなかでは、蝉のような時間を生きる者にすぎない。わたしは、今、どのような鳴き声で鳴いているのだろうか。







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by kokoro-usasan | 2017-07-30 11:46 | 日々

ごめんね、ありがとう

職場で栽培しているゴーヤの「緑のカーテン」から、そろそろ食べごろと思われる実をもぎ取っていたら、元同僚のKちゃんに名前を呼ばれて振り返った。Kちゃんのお母さんは今月の半ば急逝され、お悔やみのメールをすると、「苦しまないでいってしまったし、大往生よ」と明るい返事が返ってきていたのだけれど、わたしの顔を見るなり、顔をくしゃくしゃにして、ぼろぼろ涙をこぼした。「かなしいよー。あいたいよー」

「そうだよね。会いたいよね。かなしいよね」とKちゃんの肩を引き寄せて、頭を撫ぜてあげた。もともと無邪気で明るいKちゃんだけど、おんおんと小学生のように声をあげて泣いた。わたしも泣けてきた。

「まだ、ごめんねって言えてないのに」Kちゃんが泣きじゃくるそばで、「ほんとだよね」とわたし。別にKちゃんに追い打ちをかけているわけではなくて、自分が父を見送ったときのことが蘇ってきていた。それに、在宅介護が不可能になり、やむなく先日からショートステイに預けている母のことで、わたしの頭もいっぱいで、毎日、「ごめんね」という気持ちではりさけそうな思いでいるのだった。

なにかを「育む」という人間の行為は、とても素晴らしいものだし、ひとを成長させる。一方で、「死にゆく命を間近に看取る」という行為の切なさもまた、別のかたちで、おそらくひとを成長させる。(あまりに辛いので、そう思いたいだけかもしれないが)

しばらく前、 NHKで放映されたドキュメンタリーがとても印象的で、在宅医療の難しさと、その葛藤というものをあらためて考えさせられたが、この作品を制作した方が、「どんな作品か」という問いかけに、「意外にも風変わりなラブストーリー」と答えてらっしゃるのが、心に残った。わたしもそう思えた。というのも、自らも医師で「在宅医療」を提唱してきた夫が、自身の終末期に臨んで葛藤するそばに、いつも静かに寄り添っている夫人の姿があったからだ。とても可愛らしい方なのだが、ご自分も歩くのが不自由になってらっしゃって、ふたりで肩を寄せ合って、という言葉が似合うすてきなご夫婦だった。この奥様は、いつも、静かに穏やかな笑みを浮かべておられる。達観してらっしゃるのだろうかと思った。しかし、番組の最後のほうで、ベッドのご主人に「死なないで」とつぶやいて泣かれるシーンがあった。胸が熱くなった。そうだ、この夫人が、どれだけの張り詰めた気持ちで、毎日を送っておられるか、それは、優しい微笑の陰に隠れてなかなか見えてこないが、怖さ、切なさが、ないわけがなかったのだ。日々、それに耐えてらっしゃるのだとわかった。一方、ご主人が、自身の「在宅医療」に葛藤を感じ、「こんなはずじゃなかった」と思うようになったのは、ご自身の病の苦しさだけでなく、その苦しみを、自宅で家族みんなに見せなければならない切なさもあるのではないだろうか。苦しむのは自分だけでいい、と感じたりはしていないだろうか。

正解なんてないのだろう。自分ひとりの心の中でさえ、今日はAでよしと思い、明日はふいにBのほうがよかったではないかと頭をかかえることになる。

先にゆくものと、あとにのこるもの、どちらの「ごめんね」が多いのだろう。「ごめんね」だけでは辛いから、いつか時間がたったら、全部、「ありがとう」に変えられるように生きていこう。そのための「ごめんね」のはずだから。とても切ないけれど。




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by kokoro-usasan | 2017-07-27 19:57 | 日々

ねがいごと

e0182926_1943254.jpg昼間に母を預かってくれていたデイサービスから、認知症の不穏症状を理由に「受け入れの限界」と通告があり、介護休業までとって、なんとか在宅介護の継続を目指していた計画も水の泡になった。わたしよりも先に、デイサービスの施設のほうが「介護の限界」を迎えてしまったのだ。

不如意が押し寄せてくるのを、両手でせき止めているような状況だけれど、わたしの心は、なんだか、ひどく静まり返っている。介護の果てに、親と心中してしまうような事件って、こういうときに起こるのだな、と冷静に考えてみたりする。ケアマネという仕事についても、いろいろ考えさせられる。クライアントとサービス提供先との間に立ち、円滑に物事が進むようにフットワーク良く動き回ってくれるのが、ケアマネさんだという認識があるのだけれど、切羽詰まった状況にもかかわらず、電話でクライアントに「指示」を出すだけで、自分では実質動こうとしないひともいることを知った。自分のクライアントが長期入院しても、一度も様子を見に来ないひともおり、「机上の介護計画」を作成してくる。そして、「机上」だけに、比較的早々に破綻する。家族は奈落に落ちる。

「わたしが受け持ったご家族さんも、介護倒れになったかたが、たくさんいらっしゃるので、気をつけてくださいね」と思いやり深く励ましてくれたりするのだけれど、それは、裏を返せば、そのケアマネさんが、それだけ「介護倒れ」の事例を発生させてしまったということになるわけで、優しい言葉だけでなく、頼もしい助けを発揮してくれているかどうかは別問題だと気づかされる。そして、それを学びながら、自分自身の日々の仕事も、他者への、「実質的」な助けになっているだろうかと反省させられる。

先日、父の仏壇の前に座り、どうか母を守ってあげてくださいと手を合わせた。手を合わせながら、そのようにお願いされた仏様は、どんなふうに、母を守ろうとするのだろうか、とふいに思った。そして、ちょっと、苦笑してしまった。きっと、父は、自分の代わりに「わたしを使って」、母を守ろうとするだろうと思ったからだ。願いをかけた本人をまず「動かす」ことが、もっとも合理的でもあるわけだから。

願い事とは、そういうふうにできているのだな、と思った。なんとなく納得した。






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by kokoro-usasan | 2017-07-08 20:10 | 日々

ページのあいだに。

e0182926_1112596.jpg時間に質量があるのなら、今、わたしが生きている時間の質量はどのくらいで、どのくらいの質感を持っているのだろうか。


ふと目に止まった何気ない草や、野の花を、そっと本のページに挟んで、今日という日の美しさを疑わずにいた時代がわたしにもあったように思う。その指は白く、爪は滑らかに光っていた。ホラーめくが、その指を、「押し指」にすることもなく、その爪を剥がして標本にすることもなく、わたしたちは、昨日の自分を置いてゆく。次の時間に生を委ねるために。

昔読んだ本のページのあいだから、押し花が出てくることが度々ある。ありていにいえば、それはたいてい「聖書」であるわけなのだけれど、クリスチャンでもないわたしが、数冊の聖書を持ち、そのそれぞれに、押し花が挟まっているのは、なんだか、興味深い。


願わくば、自分の人知れぬ悲しみや苦しみよりも、人知れぬ喜びや幸せを、僅かでも多くありがたく思える人間になりたいと思う。





写真はエミリ・ディキンソンが作った押し花ノートより




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by kokoro-usasan | 2017-06-25 14:26 | 日々

ゆめみること

今朝、洗濯物を干しながら、ベランダから富士山を見ると、裾野が青くなってきていた。
数ヶ月前に、富士山の頂が白くなったと書いた記憶があるけれど、それが冬の始まりとすれば、今日のこの裾野が青くなってきた富士山は、夏の始まりを教えてくれるものだ。雪がどんどん消えていっている。

母の退院後の見守りをしなければならないために、ひとつきの介護休職を認めてもらった身だったが、入院していたときの導尿の影響もあったのか腎臓に問題がおきて、一昨日再入院になってしまった。認知症患者の入院はとても厄介なもので、本人が自分の状況を理解できないことによる身体の危険に晒される。病気を治すために入院しているのに、返って、多くの問題を呼び起こしてしまう場合が多い。

退院後も家族の協力が必須といっても、家族がわたし一人しかいないとなると、病院側もとても不安そうにわたしを見つめる。その雰囲気や視線に神経が萎えてしまうことがある。おそらく、長いあいだの葛藤で、過敏になってもいるのだろうが、在宅介護希望などと言わず、「はやく、施設に入れてしまえばいいのに」という周囲の視線が胸に痛い。

かつてわたしは「優等生」で、なんでも自分でできてしまう子と言われ、自分でもそれなりの矜持があったのに、今では認知症の親を抱えて物分かりの悪い「劣等生」になってしまったかのようだ。劣等生とは、こういう視線に晒されるものなのだなと知った。段々自分に自信がなくなってくる。もちろん、それは、ひとつの出来事として、わたしが感じたもののひとつに過ぎず、一方で、助けてくださるかたたちのたくさんの思いやりに十分感謝し、そのことを、これまで傲慢であった自分の反省に生かしていかねばと思う気持ちのほうが圧倒的に強いのだけれど。そもそも、わたしの自尊心などというものは、その程度のものだったのだということをよく噛みしめることだ。母は、みずからの認知症を賭けて、わたしにそれを教えてくれているのかもしれない。

とはいえ、以前とてもお世話になり、今は定年退職されたケアマネさんから昨日お手紙が届いたのだけれど、そこには、お母さんのことも大事だけれど、あなたに、自分の5年後、10年後を想像して、「夢見る」ことをしてほしいのだ、と書かれていた。そのかたが、なにをおっしゃりたいのか、もちろんわかる。結論を急げないわたしの性分を、十分承知の上で、そのかたは控えめに、でもやはり、そう書いてくださった。たくさんのかたの言葉の編み物の上に座って、わたしは午睡する。疲れにまどろみながら、でも、絶望からは遠く、生きていることを喜べる自分の命にも感謝しながら、あれこれと思いを巡らす。






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by kokoro-usasan | 2017-06-03 12:39 | 日々

たべること

e0182926_1451449.jpgエアコンを買い換えたら、そうめんとカルピス(2本入り)がついてきた。2本のカルピスのうち、1本は北海道生乳使用のスペシャルヴァージョンなのだそうな。思いがけないオマケにとまどったけれど、これからの季節、確かにそうめんとカルピスは時宜を得ている。

それにしても、このごろ、朝から肉が食べたいときがある。自分でも、「ちょっと、待って。肉ってあなた、今、朝よ。」と笑ってしまうのだけれど、「ハンバーグ食べさせてください」と脳がささやく。「だめ」

「ハンバーグ食べさせて」

どうしたの?わたし。休職中で家に閉じこもっているのだから、そんなにカロリーもいらないように思うのだけれど。自分で自分がおかしい。このあいだは、小さめのハンバーグだけど、いっきに4個も食べた。

「ハンバーグありがとうございます」
脳がお礼を言う。「いいえ、どういたしまして」

でも、記憶を紐解くと、わたしは中学校までは、朝、学校に行く前に、平気でハンバーグを平らげて出かけるような子供だった。今朝なにを食べてきましたか、なんてホームルームの時間に聞かれて、「ハンバーグ」と答えると、担任の先生が、固まる。本当は、「朝ごはん抜きはいけませんよ」と注意したかったのに、いきなり「ハンバーグ」と答える子がいて、ちょっとやりにくかっただろう。

当時の写真を見ると、わたしよりも、母が明らかに肥満なので(肥満気味ではない。肥満)、きっと、母の食欲中枢もおかしくなっていて、その影響を子が受けていたのかもしれない。今、母はずいぶんと痩せて、よろよろした認知症のおばあさんになってしまったけれど、なんだか、「家庭」の歴史には、「食欲や食事の変遷」もあるのだなと思う。父が亡くなる前の、夫婦の食卓などは、本当に一汁一菜というか、量も種類もささやかな食事になっていた。

母とわたしの現在の暮らしも、実に粗末な食卓の風景だけれど、先日、母にもハンバーグを出したら、意外にあっさり平らげてしまったので驚いた。

「ハンバーグ、食べたい」
わたしの脳みそのなかの誰が、朝からそんなこと言ったのかわからないけど、「あら、ご無沙汰ね」って言ってやりたいような不思議な感覚がある。


たあいない話だなぁ。



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by kokoro-usasan | 2017-05-28 15:48 | 日々

花の朝(あした)

本日、大道寺将司氏が多臓器不全で亡くなったことを辺見庸さんのブログで知りました。ご母堂が亡くなったのも5月だったので、同じ季節に逝かれたのですね。もう、お母さんに会われたでしょうか。

以前、一度、わたしのブログでも、こんなことを書かせていただいたことがありました。
「青嵐」

死刑に対するわたし自身のスタンスについては、このブログでも折に触れ書いてきているかと思うので、今日はここでは触れません。ただ、大道寺さんが、現在のあまりにも任に適さない法務大臣のもとでの刑執行を受けることなく亡くなったことは救いだったように思います。


命とはどのように生かされてあるものなのでしょうか。多くを語る資格も覚悟もありませんが、善悪の前に、そのことを思わずにはいられません。








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by kokoro-usasan | 2017-05-24 15:58 | 日々

お母さんは知っている

e0182926_1049279.jpg今日は母の日ということで、きのうは、中年の男性が花屋の店先でカーネーションを買い求めているのを何度か見かけました。自分のお母さんに贈るのか、パートナーに贈るのかわからないけれど、そこそこの年齢の男性が花を持って歩いている姿って、なんだか気になって、それとなくちらちらと見つめてしまいました。

わたしはといえば、母が認知症になって、母というより、自分の子供みたいになってしまってから、母の日というイベントに、あまり興味を感じなくなってしまいました。そのかわり、母がかつて丹精していた庭に言い訳程度にチューリップを植えてみたりしながら、それが咲いたとき、「これはお母さんへのプレゼント」と心の中で思うくらいです。

ところで、冒頭の写真、楽しい洗濯タグでしょう? (以前、どこかで見かけて保存していた写真です。無断転載ご容赦。どこで見かけたのか忘れてしまいました)

お母さんって、幼い子供にとっては、魔法使いみたいになんでも知ってて、なんでもできる存在なんですよね。この写真を見たとき、そんなことを思い出して、懐かしい気持ちになりました。世の中には、お母さんに育ててもらえなかった子供もたくさんいると思うのですが、そんな子供たちにも、だれか「魔法使いみたいな」人がそばにいてくれて、その魔法使いが教えてくれたことが、その後の人生を支えてくれているといいなと思います。そのときは気づかなくても、わずかながらでも、そういうひとが、必ず存在しています。そうでなかったら、わたしたちは、生き延びてはいけないのです。

この写真のようなタグは、いつか自分の服から外さなくてはいけないときがくる。そして、だれか、幼い子供が、このタグをつけた服を持って、わたしたちのところにやってくることに備えなければならないときがくる。その子をそっと抱きしめて、「お母さんの魔法」を教えてあげられるひとになれたらいいのですけれど、それは、なかなか難しいものです。世界中の、お母さん、ごくろうさま、そして、ありがとう。






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by kokoro-usasan | 2017-05-14 11:22 | 日々


閉じられていないもの


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