カテゴリ:日々( 421 )

てんとうむし

「辺鄙な場所」に住む友人から、2キロ先のコンビニまで自転車で出かけたら、途中で雷雨になって、びしょ濡れで帰ってきたが、とても気持ち良く、懐かしい気持ちがした、とメールが来た。両側になにもないような田舎の一本道、地平線近くに突き刺さる稲妻を見ながら、新緑の雨に濡れて自転車を走らせる快感を思った。

朝、ゴミ出しがてら、朝刊を取りにゆき、街路樹の根元に咲くナガミヒナゲシの花を眺めていたら、その横の枯れた紫陽花の木の幹にてんとう虫がとまっているのを見つけた。てんとう虫を見るのはひさしぶりな気がする。つやつやとした赤い背中(背中というのかね)に、黒い点をつけている。ちょっと指で触れると、すたこらさっさと幹の陰に隠れて、それからまた、陽の当たる枝先に出て、ひなたぼっこしている。(ひなたぼっこというのかね)てんとう虫は、幸運の印って読んだことがあるような、ないような。でも、きっと、幸運の印だよ、そう思うことにする。


(続く。たぶん)





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by kokoro-usasan | 2017-05-01 09:02 | 日々

柿の若葉

柿の若葉がとてもきれい。そういう季節。鳥の囀りも活気を帯びて。

隣家の屋根の上から、鴉が我が家の庭の木を盛んに窺っているのを見て、すわ、メジロだとか、山鳩の巣の卵を狙っているのかなと思い、木の根元まで様子を見に行った。巣は見当たらず、かわりに、枝先に丸まったスーパーのポリ袋が引っかかっていた。強風で飛ばされてきたのだろう。鴉はこれが気になっていたのかもしれない。欲しいのなら、鴉にあげてもよかったのだけど、もう姿も見えず、言葉も通じそうにないので、棒で引き寄せて、ゴミ箱に捨てた。

美しい柿の若葉を毎日目にすることができるのは、我が家ではなく、それが隣の庭に生えている木だからだ。隣家の庭はいつもよく手入れされており、枝ぶりも整っている。きっと、隣家のかたは、我が家の荒れ放題の庭を見ながら、ときにはため息をついていることだろう。借景がよくない、と。ベランダで洗濯物を干しながら、時々、奥さんと顔を合わせるが、とりあえず、わたしは、元気に挨拶する。そのくらいしか、心証をよくする術がない。挨拶だけはいい、と呆れられているかもしれない。とほ。

介護休業をしようと思っている。自宅介護を継続するためには、そのくらい思い切った措置を必要とするように思う。あくまでも、介護休業で、介護離職にはならないようにはしたい。やるだけやらないと、わたしは気がすまないのだろう。特に、親子関係においては。






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by kokoro-usasan | 2017-04-30 15:06 | 日々

追試だらけで。

母がまだ認知症ではなかった頃、シルバー人材派遣でお願いした庭師さんが、我が家の石楠花の木を見て、もうこれは寿命だな、と言ったらしく、たしかに、枯れ木のように見えていたのだけれど、母の認知症がひどくなり、好きだった庭仕事もしなくなり、庭の手入れを職人さんに頼まなくなってから、庭はあたかもジャングル状態、石楠花も、もはやこれまでという感じのなか、今年も、なぜか、ちゃんと、花を咲かせて、がんばっているのだ。ずぼらなわたしは、ほとんど、庭の手入れなどしていない。たしかに、手は抜いているが、声かけはしている。石楠花さん、あなたは寿命だと言われているそうなんですが、わたしは、まだまだ大丈夫だと思うんですよ、とか。

去年は、右側の枝先に偏って花が咲いたので、左側の枝をさすりながら、こっちのほうも、咲いてみましょうよ、こっちの枝もまだまだイケますよ、なんて囁いてみた。まぁ、真顔で言うわけではないけれど、今年は、左側にも蕾がつき始めているのだ。

母はまだ入院中。わたしが休職しないことには、在宅介護は無理ではないかという話になっている。こういうときの家族の思いというのは、なかなか複雑なものなのだろう。と、まるで他人事のように書いているけれど、いや、わたし自身、現在、かなり複雑なもの思いのなかにいる。母のケアマネさんとの間にも、うまく伝えられない思いの行き違いがあって、微妙に心理的距離ができてしまった。

「なんでも相談してください」と、「なんでも叶えます」は違うのだ。相談しても、はかばかしい答えがまるで返ってこないと、相談してくださいと言ってくれたのに・・・、と失望したりするが、それは、答えを保証しているものではないのだから、逆恨みというものだろう。

ひとりで悶々として、だんだん、内に引きこもってゆく。そうこうしている間に、母はわたしの名前を忘れ始めた。病院にゆくと、「おかあさん」と呼ばれるようになった。「おかあさん、一緒にうちに帰るでしょ」と聞く。「うん、もうすぐね」この繰り返し。子供に戻った母は、「おかあさん」が、いつも口から出まかせばかりいうことを感じ始めたのか、機嫌が悪い。笑ってほしいなぁと思う。思うけれど、胸を打つような笑顔で見つめられたら、それはそれで、ものすごく苦しいことになるのかもしれない。

このあたりで一度、態勢を立て直そうと、自分を奮い立たす。次から次へと目の前に立ち現れる人生の問いは、おそらく、すべて、自分にとって必要なもの。わたしが解きそびれているものが、何度も、追試で出てくるような。無回答で0点もらうよりは、珍回答で、出題者を困らせるくらいのことはしてみたい。





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by kokoro-usasan | 2017-04-28 13:31 | 日々

呼び声

花散らしの冷たい雨。体調が快復してきた母は、認知症からくる頑是なさも復調し、看護師さんを困らせている。毎日見舞いにゆくが、母の居ない静まり返った家のなかで、ぽとりぽとりと涙がこぼれたのは、最初の一晩だけで、夜中に5度も6度も起こされずに済む眠りを、数年ぶりに味わったとき、なにか、思いがけず、穏やかで平和な気持ちを覚えてしまったのだった。ひとつきと長引いた私自身の厄介な風邪も、4日も熟睡すると、静かに遠のいていった。

夜中に何度もわたしの名を呼んでは、冷えた戸外に出てゆこうとする母を連れ戻す作業は辟易とするものだが、彼女が入院した日の晩は、その鬱陶しく感じていた呼び声が、母の命の証であったように思え、それがもし、もう二度と聞けないとしたら、と思うとひどく切なかった。血のつながりのない母であるが故にこそ、「ここまで」という関係性の線引きがわたしにはできない。「介添えなしでは歩行困難となったとき」「娘をまったく認識できなくなったとき」この2点が、働きながらの単身での介護の限界と見据えている。

以前にも母が入院した際は、入院先の病院で、認知症を忌避され、早く転院してほしいと迫られた。父が亡くなって間もない頃だったこともあり、ひどく傷心を抱えた。最近は、病院側も、高齢者には認知症がつきものという了解になってきたのか、限界に幅をもたせてくれているようだ。ありがたい。ありがたいと思う一方で、そういった抑制なしに見守っている自宅での介護の限界がまた脳裏をかすめる。老老介護など、並大抵の苦労ではないだろう。

夜中に大声を出して起きようとする母を、病院は「抑制」する。体を動けないように固定したり、車椅子に乗せてナースステーションに連れてゆき、そこで監視する。排尿は、紙おむつにするように促される。そうでないと、下手すれば30分おきに「おしっこ」「おしっこ」と言われ、ポータブルトイレで介助しなければならないだろうし、いざ、トイレに座らせたところで、1滴2滴ということもざらではないのだ。そんな患者に手間暇かけてはいられないだろう。昨日の母は、ベッドが寝にくいと言って、帰ろうとするわたしを、何度も何度も引き止めた。「もう少し、あげて」「もう少し、さげて」「こっちにむきたい」「あっちにむかせて」でも、これは、おそらく、認知症というより、認知症によってあけすけになった欲求の声そのものだろう。退屈で、退屈でたまらないと訴えたい思い。

とにかく、わたしはたくさん眠ろう。そこから先のことは今は考えまい。





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by kokoro-usasan | 2017-04-11 11:53 | 日々

my foolish heart

母の入院先から戻ってきて、ぼんやりテレビをつけると、竹原ピストルが歌っていた。あぁ、この人の歌、わたし、前にブログに書いたことあったよなぁと思い、自分で検索すると、
「雨がやむまでのあいだ。」という4年くらい前の記事で書いているのを見つけた。

catch me if you can というのは、トム・ハンクスと、なんとかなんとか(ど忘れ)のダブル主演映画なのだけど、天才的な詐欺師のお話。実話をもとにしているという。結構面白かった。ピストルさんがいうように、彼のこの歌は、その映画のタイトルを「ぱくった」わけね。でも、「捕まえられるものなら捕まえてみろよ」と歌ったあとの「オチ」が、彼らしくてあったかい。わたしはこういうのを聞くと、「探せるものなら探してごらん」と一生懸命に隠れているのに、誰も探してくれないタイプの自分に恥じ入る。どーんと構えてみたいものだなあ。


このひと月以上、どうも調子がよくないのだけれど、単身介護者というのは、自分が具合が悪くては、介護されてるひとが困るわけで、自分が入院するくらいだったら、母の方を入院させてしまったほうが、理にかなってる、なんて思う。まいったなぁと思っていたら、ほんとに母の具合が悪くなり、入院することになってしまった。これまで、入院するたび、「もう帰るーー」と看護婦さんを困らせて、夜中に電話で呼び出されたりしてきたので、それが心配だったが、認知症の進み具合がちょうどいい塩梅なのか、わたしが病院から帰るとき、「お留守番、よろしくね」と言うと、自宅にいるような気になるらしく、「うん」と素直にうなずく。「それじゃ、これから、仕事にゆきますからね。仕事が終わるまで、静かに待っててね。」「うん」

今回、母の主治医になられた医師が、「話の早い」かたで、ありがたく感じている。患者の家族が知りたいと思うだろうことを、自分のほうから、さりげなく設明してくださる。母が入院したので、わたしは、夜中に何度も起こされずに、朝までぐっすり眠れることとなった。これをひとつの機会として、自分の体調も回復させよう。ケアマネさんが、あなたのリスク判断は間違っていないと思います、と言ってくださった。そうだといいのだけれど。たとえ、そうでなかったとしても、後悔はしないと、わたしたち、老齢の家族を介護するものたちは、心を決めるのだ。つい数ヶ月前も、ひとりで親御さんを介護している友が、「自分の判断に自信が持てない」と電話をくれて、何度もやりとりしたとき、「たとえ、間違ったとしても、それが、わたしたちの、ぎりぎりなのであって、誰もあなたを責めることはできない。」と、ふたりで確認しあった。その友が、久しぶりにわたしに電話をくれ、そのような話をすることになったのは、偶然ではないのかもしれない。

新しい年になったというのに、見聞きすることのすべてが、心を荒ませる。その踏み荒らされた土地には、結局花ひとつ咲いていないように見える。

「泣きながらご飯を食べたことのあるひとは生きていけます」とは、先日やっていたテレビドラマのセリフだが、実際、本当にそうなのではないかとわたしも思う。泣きながら、ご飯を食べたら、自分が明日蒔ける種のことでも考えてみればいいのだろう。





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by kokoro-usasan | 2017-04-04 23:16 | 日々

アハ体験をする

昨夜、ふと浮かんだ言葉が、ふと浮かんだ瞬間に思い出せなくなり、そのまま、どうしても蘇ってこないので、布団のなかでなんども寝返りを打つことになってしまった。よし、気を落ち着けよう、と、起き上がって、台所で白湯を飲み、戻ると、ペンと紙片を持って、またベッドに潜った。この際、思い出すまで眠るのはやめることにした。同僚が、よく言っていた「アハ体験を重ねて脳の活性化」という言葉が、消えてしまった言葉の代わりに、これ見よがしに頭のなかをぐるぐるし始めたからだ。

最近、確かに物忘れはひどくなった。一瞬浮かんで、一瞬で消える、という切なすぎる迷宮体験も増えた。消失に任せることなく、脳のシナプスにエールを送らなければならない。アハ体験、アハ体験。

結果的に、忘れた言葉はひょっこり「父帰る」みたいに戻ってきたのだけれど、そこに至るまでに頭に浮かんだ似て非なる言葉たちの面白かったこと。試しにメモしておいたので、それを読んで我ながら楽しい時間を過ごした。ボケとツッコミをひとりでやるようなものだ。思い出そうとするときに、頼りにするのは、語感であったり、わずかに消え残っているように思える文字だったりするが、自分で変にまとめようとせずに、本当に思いついたままの言葉を書き留めたせいで、よくもまぁ、そんな、という「程遠い」言葉まで出動しているのがわかる。

認知症の母が、時折、ぷっと吹き出したくなるような、意味不明の言葉を投げかけてくるのは、ある意味、この「途上の言葉」で、取り急ぎお茶を濁しているからなのかもしれない。正確な言葉を思い出せないうちは、会話ができないとしたら、そんな苦しいこともなく、だったら、とりあえず、なんでもしゃべってしまえ、と、無意識のうちに思うのかもしれない。

でも、そんなことを考えていると、使い古された言い回しを、飽くことなく繰り返して、流暢に喋り、流暢に暮らすことが、本当に、自分の言い回しで、自分のスタイルなのかと、疑わしくもなってくるのだ。

ど忘れしてしまった事柄を思い出すアハ体験とは別に、ど忘れどころか、実はまだ一度も思い出せていない自分の言葉があるのではないか。その言葉で、まだ一度も喋っていないのではないか。それこそが核心であるにもかかわらず。

とにかく、昨夜、ど忘れした言葉はめでたく思い出すことができた。
思い出せた途端、安心してすぐ眠りに落ちてしまった。




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by kokoro-usasan | 2017-02-23 23:04 | 日々

なんでもない休日。

朝。よく晴れていたので、洗濯をしてから、近所の歯医者に行き、その足で買い物に行った。買い物のついでに書店にも足を伸ばしているうちに、午後になり、昼食用のサンドイッチと、フリージアの花も調達して帰ってくると、急に春の嵐となり、ベランダの洗濯物が下に落ちてしまっていた。やれやれと拾い上げ、さっさっと埃を払いながら、仕舞う。生暖かい強風のせいで、庭の鉢植えの花が、乾燥してうなだれはじめていたので、ジョウロで水をたっぷりかける。居間に戻って、サンドイッチを頬張って、一度見たことがある推理もののテレビドラマを眺め、なんとなく、あらすじを思い出してきたところで、テレビを消す。カップのなかに残っている珈琲を飲み干して、自分の部屋に戻り、椅子に座る。なんだか、ぞわぞわと寒気がする。風邪?上着をもう一枚羽織ったら、寒気は消えた。肩が凝っているのは、歯医者で緊張していたせいかもしれない。急に、窓の外で雨音。シャワーのような雨音。このところ、こんな雨の音、しばらく聞いていなかったなと思う。なんだ、雨が降るのなら、花に水をあげなくてもよかったなと思う。

と、書いていたら、もう雨は止んでしまい、ヒヨドリが隣家の柿の木の上で、鳴いている。そういえば、朝は、その同じ場所に、山鳩がとまっていた。結構、長い時間とまっていたので、洗濯物を干しながら、話しかけてみたりしたけれど、首をちょっと動かすくらいで、ひっそりとしていた。まだ、体が幼い。

すこし前の新聞に、職員のかたの知らないうちに養護施設を抜け出してしまった少年が、行方不明となり、その2ヶ月後に、付近の山中で遺体で発見された案件について書かれた記事が載っていた。この少年は、わたしの職場にも「捜しています」というチラシが配られ、みんなで心配していた少年だった。まさか亡くなって発見されたとは知らず、その記事で初めて知ったのだ。記事は、亡くなったことを報じたものではなく、施設が遺族側に支払う賠償金をめぐり訴訟になっているというものだった。争点は、賠償額そのものというより、提示された賠償額の、その内訳のなかで、亡くなった少年の「生涯賃金予測」が「0円」で算出されていたことへの抗議だった。もし、生きていたら、その少年が、生涯にどれくらいの収入を得ていたかということが、賠償額を決定する際の重要なポイントになるが、遺族側は、その「0円」という算出に納得できなかったのだ。それにしても、どうしてまた「0円」などという算出をしたのだろう。似たような案件でも、それなりの人権に配慮した額が呈示されるものだ。「0円」という記載を見たときの親御さんの気持ちは冷水を浴びせられたようだったのではないだろうか。これは、大事な問題だと思う。

あ、また雨が激しく降り始めた。こうやって、すこしずつ、暖かくなってゆくのだろう。母がデイサービスから戻ってきた。つい先日は、回覧板を、下駄箱のなかに仕舞ってくれていた。あたまのなか、どうなっているのかなぁと思うけれど、そのちんまりと丸く小さな身体が必死に生きているということが、わたしの暮らしにとって、なんらかの和らいだ灯りになっていることは、確かなのだった。





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by kokoro-usasan | 2017-02-20 17:30 | 日々

チョコと福寿草

e0182926_1232419.jpgこれでもかと言わんばかりにチョコレートの出回る時期も一段落して、なにを今更ではあるけれど、わたしは、今年、こんな愛らしい詰め合わせお菓子箱を自分のためにひとつ買い、 気が付いたらほとんどひとりで食べてしまっていた。どれもみんな美味しかったけれど、左上のチョコがけビスコッティが、絶品。

作り手のかたは、地元で自分の店舗を持たずにひとりで作ってらっしゃるのだという。このお菓子箱を仕入れたお店のオーナーさんが、ミモザの花も一緒につけて素敵に包装してくださった。なんだか、わたしには、もったいないくらいだった。最初は、職場に持っていって、みんなにもお裾分けしようと思っていたのだが、職場だと、ばたばたと忙しく、ぽいっと口に放り込んで、「あ、ごちそうさまぁ〜」という感じで、あっという間に終わってしまうことが多く、なんだか残念な気がしてやめてしまった。自分用と、職場用、もう一箱買っておけばよかった。どうも、気前がよくないなぁと思う。美味しいものをお裾分けするのを、ケチるなんて・・・うーん。(自分の煩悩を気に病むわたし。それだけ美味しかったということですね)


友人から手紙。故郷の福島から届いたメールに、除染後の土手に、今、福寿草がいっぱい咲いている、とあったそうだ。放射能汚染などなかったら、と、あらためて思う。泊まりがけの旅は、今のわたしにはできないけれど、今度、友人と一緒に、日帰りで福島を訪ねてみたいと思った。そのとき、土手には何の花が咲いているだろうか。きっと、花好きの友人が、ひとつひとつ名前を教えてくれるだろう。



※写真は時々お店にうかがう「百草の庭」さんのHPサイトから






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by kokoro-usasan | 2017-02-16 13:40 | 日々

せり、せり。

e0182926_10293471.jpg晴れ。スーパーで三つ葉を買おうと思っていたら、その横に根付きのセリが並んでいて、思わず買ってしまった。心変わり。七草粥の日はもう過ぎてしまったし、繊細な料理もできないので、味噌汁に入れた。いい香りがした。いつも、少しだけ汁を残すのが習慣のようになっている母も、全部飲み干した。春も近い。

昔から、よく眺めているアジア・アンティークのHPがあるのだけれど、何年か前から、気になってしかたがない民族衣裳が、そこで紹介されていて、ただただ、その手仕事と意匠に惹かれ、何度も見に行っていた。凝った手仕事のわりには、全体の雰囲気に静かな落ち着きがあり、見ていると気持ちが落ち着くのだった。落ち着くと同時に、なにか背中を押される気持ちになる。居住まいを正したくなる。そんな衣裳だった。

つい先日、また性懲りもなく見に行ったら、なんと、ヤフオクに出品したという。しかも破格値。破格値が嬉しいというより、せりに出されてしまったことがショックで、生まれてこのかた一度もやったことのないオークションに名乗りを上げざるを得なくなった。登録して、いざヤフオク画面のなかに分入ってみると、それこそ数えきれぬものがオークションに出されており、何年も何年も、ひとつの衣裳を眺めて楽しんできたわたしのような人間には、同じようなものがずらりと並んでいる様子に、「目からウロコ」状態でもあったけれど、一方なんだか虚しくもあって、お目当てのものだけ、落札すると、すぐその場から出てきた。「星の王子さま」のお話を心のどこかで思い出している。王子さまのバラの花のこと。


届いた衣裳は想像に違わぬもので、しみじみと手で撫でてみる。丹念な手仕事。着古されて綻びたところも味わい深い。オークションに出されたと知ったときは、「どうして!」と慌てたけれど、今となってみれば、どこかの神様が、眺めているだけじゃなくて、あなたが手元に置いたらどうですかと、取り計らってくれたのかもしれないと思う。感謝。




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by kokoro-usasan | 2017-02-14 11:45 | 日々

人形

e0182926_18215390.jpg知り合いのかたにお線香をお送りしようと思っていつも行くデパートに出かけたら、ギャラリーで中川ふさ子さんの人形展がちょうど始まったところだった。左の写真は一昨年の人形展のときにいただいた写真。中川さんのお人形は、貴重な古代裂を使われていて、お人形そのものの成型も、型ではなくきちんと一体一体、ご自分で作られているという。だから、本当に、一体一体が味わい深く、一言では言えない、しんみりとした思いを呼び起こす。どうして、「しんみり」するんだろう。敢えて言えば、自分が年月の中で失ってきてしまったものを、このお人形たちが静かに内に湛えていて、どうも、それにちょっぴり心が傷つくというか、傷つきながらも、畏れに似た気持ちで、その幼いかんばせを愛しく思い、長々と見とれるしかないのだった。あぁ、欲しいなぁと思う。思うけれど、わたしがこれを手元で愛でられる時間はそれほど長くはないだろうし、それをどなたかに差し上げる機会があるのかどうかも想像がつかない。それに、わたしには、父親が買ってくれた古い古い雛人形がある。そんなことを頭のなかでぐるぐる考えて、妙に気持ちが疲れてしまった。煩悩というやつだな。

今回の人形展には、雛人形だけではなく、中川さんの本業というか、ご自分の芸術表現としての人形作品もたくさん並んでいて、これは伝統的な雛人形とはまったく異なる独創的なお人形たちなのだが、これはこれで、趣深かった。多くがお年寄りをモデルにしたお人形たちなのだ。椅子にちょっと背をかがめて腰掛けたその風情が、それぞれなにか優しく語りかけてくる感じで、すてきだった。

人形を見つめ、人形に見つめられ、ほっと慰められる気持ちだったはずなのだけれど、家に帰ってきてから、そして、一晩寝て起きてみたら、わたしはなんだか寂しくて、ホームシックみたいな気持ちになっていた。

 「ひと」に、友に、愛する人に、会いたくなっていたのだ。





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by kokoro-usasan | 2017-01-27 18:57 | 日々


閉じられていないもの


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