カテゴリ:ごあいさつ( 26 )

books A to Z に寄せて。

辺見さんが、「いかがおすごしでしょうか。さぞや不機嫌なことと拝察いたします」と書いておられるのを見て、「ほんとだよ」と心のなかでタメ口になってしまった。くすっ。友人たちに書きたい手紙がある。贈りたいメッセージもあるのだが、
いろいろ鬱陶しくて、あたまが動かない・・・。申し訳ないです。

e0182926_16304495.jpgそんななかでも、北村浩子さんが、長く担当されてきたラジオ番組 books A to Zが3月で終了と聞き、ずっと、ここでお礼を言いたく思っていました。北村さん、本当にお疲れ様でした。(ブログは保存されるということで、とりあえず安心しました。本当に貴重な記録だと思います。右欄にリンクをはらせていただきました。)

北村さんによると、数年前このブログでウィリアム・トレヴァーの小説を取り上げたときに、その拙記事を読まれたのが最初のきっかけだったとのことでしたが、先日、北村さんがご自身のツイッターで、あえてわたしのこのブログに言及されているのを知ったときは、かなりびっくりしました。しかも、ストレートに社会的な問題に触れた記事でしたので、北村さんとしても思い切った決断だったのではないかとやや心配しました。ただ、読んでくださっていたことに、非常に勇気付けられましたし、励まされました。感謝いたします。ありがとう。心強かったです。

これからまた様々な分野でご活躍になられると思いますが、あらためて「声」のお仕事が、なにかとてもいい形で、北村さんに降りてくることをわたしは期待しています。今はこの世にない分野、今はこの世に一般的ではない仕事、それを開拓してゆく希望もあるかと思います。

ほぼ同年代。まったく不透明な未来を前に、夢とか希望という言葉も、虚しく聞こえてくるのですが、あらがえないものに希望を奪われたと思うのは悔しいですから、自分から短気をおこして、希望を投げ捨てないようにしようと、自戒しているところです。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。





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by kokoro-usasan | 2017-03-30 18:21 | ごあいさつ

新年にあたって。

e0182926_15533455.jpgいつもわたしの机の上でわたしを見ているフクロウの香炉。インドのオリッサ州で作られたものらしいが、わたしの前の持ち主がこれを入手したのはヒマラヤの麓のマナリという場所だったという。足の指が一本欠けているのだが、それでも、しっかりと立っている。今年は酉年ということなので、フクロウも鳥類だからいいかしらと、年賀状に登場してもらった。年賀状をお出しできない読者のかたもいらっしゃるので、ここでもお披露目します。

わたしは古いものが好きで、100年も生きることのない人間の寿命のなかで、身近な道具たちとはなるべく長く付き合って行きたいと思う人間だ。わたしの寿命よりも長く生きられそうなものは、誰かの手に渡ってさらに長い歴史を生きてほしいし、わたしと一緒に朽ちてしまって、とても使えそうにないものは、わたしと一緒にお別れしてもらえればいいと思う。たとえば、このフクロウなどは、わたしの寿命を超えて、もっともっと時空を生き延びていってほしいと願うもののひとつだ。むしろ、こういうものを、次の人に手渡すために、所有しているのではないかと思える。モノのほうが、わたしを選んでやってきたのではないかと。

このことは、モノとのつきあいだけではなく、人間そのものが、人間の文化を時空を超えて「運ぶ」担い手なのだという感覚を呼び起こす。わたしは今何を運んでいるといえるだろうか、そして、わたしは、それを運び切れるだろうか。

年末の日記にわたしが書きとめたことをここで大きく端折って記録してみようと思う。それは未来を指し示すような内容ではなかったが、未来に向かう心構えといってもいいかもしれない。
  前に進もうとするとき、「困難」が、その道標になる。
そう、わたしは記した。困難こそが、今自分がしがみついている場所から外へ出させ、出会うべき人に会わせる道筋をつけてくれる。目の前に困難が待ち受けていたら、あぁ、またひとつの道が開けようとしているのだと思えばいい。困難が自分に教えようとしていることの、その只中に出てゆけばいい。そこに、きっと、会いたい人がいる。会うべきひと、会わねばならないひとがいる。それがたとえ、自分が夢見たような形ではなかったとしても、非常に消耗する厳しい邂逅であったとしても、それは自分の裁量を超えた意味を必ず持っていることを信じていればいい。困難が囁く言葉によく耳を澄まし、一時の感情に流されることなく、重い扉を開いてゆきたい。






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by kokoro-usasan | 2017-01-01 16:38 | ごあいさつ

年末年始恐怖症

e0182926_1953683.jpgふとしたことで、自分が、「年末年始恐怖症」になっていたのだなと気づいた。

年末年始の孤独の乗り切り方を、次は考えておこう。
脚本家の木皿泉さんご夫婦が、暮れのインタヴューで「お正月って孤独」と答えられているのを読んで、あぁ、そういうことだったのだなと、合点した次第。そう言葉にしてくれるかたがいて、心の凝りがほぐれた。
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by kokoro-usasan | 2016-01-04 21:00 | ごあいさつ

わたしのLambaréné

e0182926_1133966.jpg今日は11月11日で、このブログを始めたのは、2009年の11月11日だったから、もう、5年か、・・・なんて、ん?、計算もできない。もう6年だった。切りが悪いのだった。とほほ。

この写真はね、もっと横に長いのだけど、写メールだから、ちょっと両端が切れました。失礼ながら、右端でまさに切れてしまっている人物が、シュバイツァー博士です。アフリカのLambarénéにある彼の病院を訪ねてくれた友人たちを川辺で見送っている写真です。子供の頃、父の本棚で見つけて一番好きだったのが、この写真の掲載されている本「Dr.Schweitzer of Lambaréné」(邦題「人間みな同胞」ノーマン・カズンズ著 鮎川信夫訳)でした。活字なんて目がまわっちまうわいというくらいにがらっぱちな父がこの本を本当に読んでいたのかどうか非常に疑わしいのですが、もし、流行りのようなものでうっかり購入したのだとしても、わたしには、とてもありがたいことでした。わたしが生まれるより前に出版された本です。

わたしには、シュヴァイツァーが、偉人かどうかは、さして興味はありませんでした。ただ、その本のなかにいるシュヴァイツァーという一人の人物の「あとにひかない」姿勢にとても強く惹かれました。おそらく、聖母のように優しいとか、癒されるとか、そういう魅力とは一線を画す、もうすこし強いもの。もっと厳しく、頑なで、でも、なくてはならぬ人。おもねらない信念。彼が、ひとり、アフリカの地に灯したあかりには、やはり、胸を打つものがあります。バッハ弾きでもあった彼が、湿潤なアフリカの地に運んだピアノは、次々に音が出なくなり、それでも、その歯抜けのような鍵盤に指を走らせながら、彼は、自分があとにしてきた故郷の音楽を奏でた。鳴らない鍵盤でも、彼の耳には、きちんと聞こえていたのかもしれません。彼が「成し遂げた」ことよりも、彼のそういう日常に、わたしは強く惹かれたのだと思います。「ここで生きる」という強さでしょうか。

こんなことをいうと、顰蹙ものですが、わたしは、その本を読みながら、自分もまた故郷を遠く離れLambarénéに居るのだと思ったのです。「いつか、自分もLambarénéへ」ではありません。今、この場所が、Lambarénéだと感じました。わたしは、高度な医療で人の命を助けるようなことはおろか、まぁ、結局、なにもたいしたことはせず暮らしています。でも、どこにいても、Lambarénéに居るような気持ちで生きてきました。今、目の前にいる、「このひとたちとともに生きる」、わたしはなぜかいつも、心でそう確かめ、確かめ、生きてきたように思います。そして、旅立ってゆくひとは手を振って見送ります。

いえ、これはね、ほんとのことをいうと、さっき、気づいたのです。あぁ、つまり、そういうことだったんだよなぁって。子供のとき、わたしは確かに、ここがわたしのLambarénéと思っていたのだと。それが、自分の子供なりの強さでもあったのだと。

ずいぶん、さびれてしまったかしら。しっかり、Lambarénéをお掃除して、元気に開業しなくては。わたしのいるところが、わたしのLambaréné。 ここがLambaréné。
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by kokoro-usasan | 2015-11-11 12:14 | ごあいさつ

粉雪

e0182926_1332255.jpg元旦の蝋梅。
昨夜強い風が吹いた庭には、黄葉した蝋梅の葉が幾枚も散り落ち、逆にそのせいで花が咲き始めていたことに気づくことができました。蝋梅は、小さな黄色い蕾が開花するまで、葉を落とそうとしません。寒さや、鳥たちから、大事な蕾を守るように、枝先で頑張っています。葉が枝を離れたということは、もう、蕾が独り立ちできるまでに育ったということなのだと思います。昨夜の冷たい風は、ちょっと予定外だったかもしれませんが、ほら、もうこんなに健気に花を咲かせています。葉っぱさん、ご苦労さまでした。また、初夏にお会いしましょう。

朝は青い空が見えていたのですが、今はどんよりと曇って、粉雪が舞っています。冬は太平洋側のこちらは、快晴のことが多いですが、日本海側の皆さんは、お正月も雪下ろしに追われている地方もあり、ただ、晴れやかなばかりの「謹賀新年」ではないのだなぁと、昨夜も夜更かしした寝床のなかで考えていました。
我が家は、近年のうちで、最も、「寿ぐ感」の薄い元旦を迎えています。それでも、なんだか、それが、身の丈に合っている気もして、年末に飾った鏡餅も、すでにもう乾燥してひび割れだらけになってますし、いろいろ、ほころびだらけ、由緒正しいものなんか何にも受け継いでいない、見よう見真似のいい加減なお正月。
世の中の家庭、ほんとにそれぞれです。絵に書いたようなお正月を送ってらっしゃるところもあるかと思うのですが、そうじゃない人たちが、この世には、ほんとに、ほんとに、ほんとに、ほんとに、ほんとに、たくさんいることに、わたしは、エールを送ります。いいじゃない。自分流に、ちょっとだけでも、「よし」と、思えれば。よし、と思えることを、貫いていけるならば。
ちなみに、蝋梅の葉っぱのような志だって、わたしはほんとにすごいと思います。

そうそう、パソコンが新しくなって、いろいろなページを快適に見られるようになったら、昔、更新していて、やはりパソコンの不調でアクセスできなくなっていた、自分自身のの古いブログを見ることができるようになりました。久しぶりに出会う、昔の自分です。(やれやれ・・・)他にもいろいろ浮かんでいるはずなのですが、そちらは、まだ回収していません。自分で書いたことでも、「へー」と思うことばかり。あとで、リンクに加えておこうと思います。(※)自分の文そのものは、そんなに残す価値もないと思うのですが、縁あって紹介させていただいたかたたちの記録で、なにかお役に立てることもあればと思い・・・。

では本年もどうぞよろしくお願いいたします。


※ 右欄  外部リンクから 「paloma quiero contarte」(2007-2012)をクリックすると読めます。
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by kokoro-usasan | 2015-01-01 14:17 | ごあいさつ | Comments(0)

ひさしぶりに。

e0182926_20471413.jpg少し、ご無沙汰しました。

15年以上親しくしてきたこれまでのパソコンでは、ネット上のコンテンツをほとんど利用できず、このブログさえ更新することができなくなってしまったため、今日、嬉しいような、悔しいような、複雑な心境で、新しいパソコンをセットアップしました。ちょっと違和感があるけれど、じきに慣れることでしょう。

古いパソコンでは、開きさえしなかったfacebookも、どうやら簡単にアクセスできるようです。なんだか、はぁ・・・、と、気の抜けたため息がこぼれます。きのうまで、「昭和」に暮らしていて、急に「平成」にタイムスリップしてきたような、不思議にもの哀しい気持ち。「平成」には、まだ知り合いがいないような気がするからでしょうか。でも、このゆるやかな淋しさ、心細さを大事にしたい気もします。知らない街に降り立ったときの、あの、旅の気分が、ちょっぴりするのでしたから。

また、あるきはじめます。
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by kokoro-usasan | 2014-12-29 21:27 | ごあいさつ

閉め出され中

こんばんは。
パソコンがふるすぎるのか.自分のブログの管理画面に入れなくなってしまい.更新ができなくなってしまいました。

今夜は携帯からうちこんでいますが.大変不如意であります。(笑)

新しいパソコンを買えと叱咤激励をいただいております。それもドイツから!おっしゃる通り!トホホ

取り急ぎご報告まで。

ネット難民より
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by kokoro-usasan | 2014-10-30 00:22 | ごあいさつ | Comments(0)

新年

e0182926_14533680.jpgコスタリカって、「豊かな海岸」という意味なんですって。

あけましておめでとう。

そして、その国は「軍隊を持つかわりに、教育や環境対策など、命が豊かに続いてゆくことを充実させること」を国の方針にしているという記事を読んだの。もちろん、どこの国にも根深い問題は山積しているものだから、この記事を鵜呑みにはしないけれど、それを読んだとき単純にいいなぁって思ったの。でも、この国だって、ほんとは「コスタリカ」だったはずなのよね。

国より先に、自分がやすやすと綻びてしまわないように、
わたし自身の海岸線を、大切にするって約束します。



辺野古(米軍基地のために、この海を埋めたてろと国は言う)
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by kokoro-usasan | 2014-01-01 11:47 | ごあいさつ | Comments(0)

残暑お見舞い申し上げます

たっぷり汗をかいて、家中を片付けて廻る。
仕事の夏休みはまだないけれど、ブログの夏休みをすこしとろうと思う。

わたしもやがてまた、すこしずつ、旅ができるようになるだろう。
そのときは、おそらく、自分が望む孤独を手に入れられるかもしれない。

旦敬介さんのブログにあった写真がとてもすてきだったので、無断で拝借。
こんな景色にもいつか出会えるだろうか。
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自分が望む孤独がどんなものだか、なぜかふいに理解したのだ。
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by kokoro-usasan | 2013-08-08 18:10 | ごあいさつ | Comments(0)

春の根っこ

e0182926_11161699.jpgあけましておめでとうございます。

お正月早々泥臭い写真ですみません。これは、昨年埋めそびれてしまっていたラナンキュラスの球根たちです。球根というとまぁるいかたちを思い浮かべてしまいますが、これは、それ自体が彫り物細工のような不思議なかたち。木の実みたいにも見えます。ここに一体どんなふうに命が眠っているのでしょう。

いきなり土に埋めると育たないこともあるようなので、今、球根にゆっくりと水分を染み込ませているところです。「ん?なんか、しみてきたぞ」って感じ始めてるかしら。新しい一年、今年もどうぞよろしくお願い致します。
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by kokoro-usasan | 2013-01-02 11:37 | ごあいさつ | Comments(2)


閉じられていないもの


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