ANA国内線【PR】
カテゴリ:追想
  • 公園 (札幌)
    [ 2011-08-12 13:50 ]
  • 廻廊
    [ 2011-08-12 00:37 ]
  • 街角2 (パリ)
    [ 2011-08-08 11:52 ]
  • 森 (パリ郊外)
    [ 2011-08-06 21:28 ]
  • 窓辺 (沖縄)
    [ 2011-08-06 20:29 ]
  • 街角 (パリ)
    [ 2011-08-04 00:26 ]
  • デパートの屋上 (パリ)
    [ 2011-08-03 11:41 ]
  • ノートル・ダム
    [ 2011-08-03 11:25 ]
  • 横浜
    [ 2011-08-02 20:57 ]
  • 街角の広告 1 (パリ)
    [ 2011-08-01 15:58 ]

2011年 08月 12日
公園 (札幌)


   いつも、空はあって。
ある場所で行き止まりのように思えても、別の場所へ向きを変えれば、まだ自由にふるまえる場所があるのだと思えてきました。

行方不明になっていた古い写真の箱が見つかって、少しずつアップしていましたが、きりがないので、そろそろ「時の旅」も帰途に。

わたしのパソコンはとても古く、デジカメも持たない為、画像のよくない携帯のカメラの写真しか載せられずいつも欲求不満でした。かといって、写真好きということでもなく、気がむいたときしかカメラは持ちません。ですから気がむいたときに撮った写真というのは、よほど気がむいていたのでしょう。(笑。他人事のようですね)
スキャナーで取り込んだこれらの写真は、思いがけず大きく添付されて、現像した写真自体は小さなものだったのでとても面白かったです。細かいところがよく見えましたし。また機会を見て、載せてみたいと思います。

by kokoro-usasan | 2011-08-12 13:50 | 追想 | Trackback | Comments(1)
2011年 08月 12日
廻廊


触れられないから撮るのでしょうか。そっと手のひらのかわりに。

by kokoro-usasan | 2011-08-12 00:37 | 追想 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 08日
街角2 (パリ)


季節はずれな写真ですが。この3人、話している雰囲気がわたしには親子に見えました。様々な組み合わせの親子を見ましたが、この雰囲気には、どこか小津映画に繋がるようなドラマ性があって忘れられない一枚です。ちょっと甲斐性のなさそうな息子と、そんな息子に何度騙されようと、何度でも信じて期待して暮らしている老夫婦、そんな感じがしたのです。自分の親のことを思い、ちょっと身につまされました。

by kokoro-usasan | 2011-08-08 11:52 | 追想 | Trackback | Comments(1)
2011年 08月 06日
森 (パリ郊外)


ブローニュの森は、木漏れ日の中にありました。
大きい子が小さい子をこういう形で引率している光景をパリではよく見かけました。日本の子供たちも、こんなふうに大事にしてもらえているといいなぁと思います。

by kokoro-usasan | 2011-08-06 21:28 | 追想 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 06日
窓辺 (沖縄)


名護。今帰仁の城跡で拾ってきた木の実を並べて。散歩にゆくたび、ポケットの底に石だとか、実だとか。
この南国のまちは昼間の暑さを逃れ、午後10時を回る頃から人々の声が窓から聞こえてくるようになる。お酒の入ったひとたちの開けっぴろげな会話。朝の窓辺は、水を打ったように静かだけれど。

by kokoro-usasan | 2011-08-06 20:29 | 追想 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 04日
街角 (パリ)


硝子窓に額を押し付けるようにして、その店を覗き込んでしまいました。でもドアを押して中に入る勇気はなかったのです。まるで目を開けたまま眠っている「時間」のようでした。起きていると思って不用意に話し掛けたら、すべて醒めてしまう夢かもしれないと。

by kokoro-usasan | 2011-08-04 00:26 | 追想 | Trackback | Comments(1)
2011年 08月 03日
デパートの屋上 (パリ)


デパートの屋上には独特の非日常性があって、日本でも馴染みのデパートの屋上には時々行きます。ステージとしての面白さだけでなく、どんな人が来ているか、という興味もあるのです。日本では身なりはきちんとしているのに、少しばかり心がくたびれている、そんな雰囲気漂うスーツ姿の人が結構多い。かくいう自分も、屋上にゆくときの心境はそれですね。けれど、この写真の屋上は、それとは少し趣きが異なっていました。なんていうのでしょう、その日が何曜日だったのか覚えていませんが、妙に「日曜日」という気持ちになったものです。

by kokoro-usasan | 2011-08-03 11:41 | 追想 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 03日
ノートル・ダム


老人であることよりも、人間であることの矜持のようなものを感じさせる人がこの街には多かったように思うのです。ほんの少しづつしか進めなくても、彼らは自分の買物を自分でし、石畳の通りをいつもゆっくりと行き来していました。そこだけあたかもスローモーションにように別の時間が流れているようで、いつまでも見ていたくなるのでした。

by kokoro-usasan | 2011-08-03 11:25 | 追想 | Trackback | Comments(2)
2011年 08月 02日
横浜


実はこの写真、具体的にどこの駅だったか思いだせません。横浜近辺のどこかの駅です。皆思い思いにくつろいでいて、なんとなく不思議な光景に思えました。マテリアル的にそんなにくつろげる空間にも見えないのですが、無機質さがかえって優しく思えるときもあるのかもしれません。

More

by kokoro-usasan | 2011-08-02 20:57 | 追想 | Trackback | Comments(0)
2011年 08月 01日
街角の広告 1 (パリ)


と言っても最近のではありません。今もこういう広告が貼られているのでしょうか。この男性が、普通のメタボな中年男性だったりしたら、この絶妙なインパクトは望めなかったに違いありません。綱渡りなイメージ戦略に思わず唸ってしまいました。

by kokoro-usasan | 2011-08-01 15:58 | 追想 | Trackback | Comments(1)