カテゴリ:展覧会( 5 )

土牛

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奥村土牛の「醍醐」の実物を観たくて、山種美術館で開かれている「奥村土牛展」に行ったのです。風情のあるその桜の絵は、この展覧会の目玉でもあるらしく、なんと、入り口正面に飾られていました。でも、正直、それはないよなぁ、と思いました。入り口の、一番、落ち着かない場所で、心静かに鑑賞というわけにもいかず、ありがたいけれど、残念な気持ちでした。次々に入ってこられるかたたちに場所を譲るように、みな、後ろ髪ひかれつつ、その場を離れてゆくのでした。もうひとつ言えば、「醍醐」はとても大きな作品なのに、しっかり引いて見ようとすると、入り口から外に出なければいけないくらい、場所がつまっていて、それもちょっと、不完全燃焼な感じだったかもしれません。とはいえ、「醍醐」は美しい作品です。(この作品で観客を出迎えたかった美術館側の気持ちもわかります)

さて、今回の展覧会で、ゆっくり鑑賞できて嬉しかったのは、「鳴門」でした。
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これも、とても大きな作品ですが、その翡翠色の渦潮に目を奪われます。この色、好きだなぁ。実際に瀬戸内海のこの風景を見たことはないのですが、四国は旅したことがあって、この作品の海の色は、わたしの記憶のなかにある内海の色となんとなく重なります。最近は、写真を撮って、それを参考に絵を描くひとが多いようですが、土牛は、この渦潮を描くために、揺れる船の上で何枚も何枚をスケッチをしたそうです。あまりに揺れて、手元が定まらないので、奥さんに着物の帯を掴んでもらって、少しでも動かないように苦慮したのだとか。それでも、出来上がったスケッチは、何が描かれているのかわからないようなものばかり。ただ、そこは、昔の画家ですよね。写真に頼らずに、見たものを復元する「目」の力が生き生きと機能しています。こういう作品を目にすると、今のように、目の前のものを、じっくり目に焼き付けることがなくなり、あとで写真や動画を見て思い出すのが普通になってしまった人間は、なにか失った能力があるのじゃないかな、と思ってみたりもします。もちろん、得るものがあれば、失うものもある、ということではあるのですが。

余談
山種美術館は恵比寿にあるのですが、恵比寿って、ちょっと駅前を離れると、西洋風なおしゃれさと下町風が混在していて、面白い世界を醸し出してますよね。美術館のすぐ手前にある八百屋さんが、もう、ほんとに「昭和の八百屋さん」で、なんだか胸がきゅんとしました。

ところで、わたしは本当に重いものを持ってしまっていたようで、今日もまだ、両腕が筋肉痛です。なんで、腕が痛いのが怪訝に思ったのですが、このブログを自分で読み返してみて、あ、そうか、と気づいた次第。もう、歳なんだから、無理しないようにします。はい。
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by kokoro-usasan | 2016-04-14 09:34 | 展覧会

「百年たったら帰っておいで」

e0182926_11593879.jpg世田谷文学館で「帰ってきた寺山修司」という企画展が始まった。ちょうど午後時間があったので、とんぼ帰りだけれど観に行った。信じられないのは、「没後30年」ということだ。そんなに経っていたのだなぁ。しかも、彼が享年47歳だったということにも不思議な違和感がある。当時、わたしは、彼を50代後半くらいのひとのような意識で捉えていたような気がする。自分が彼の享年を過ぎてみると、47歳で早世したこと以上に、47歳までに彼が繰り広げたことの多彩さに驚く。ネットもなにもない時代に、全国から、同志を募って様々なことを立ち上げ始めた。それが、東京に出てきてからではなく、青森にいた少年時代からであること、その人恋しさというか、人を求めてゆく情熱は、やはりなにか天性のものなのだろうか。自分ひとりで名をあげるというような功名心ではなく、彼はいつも、だれかと、みんなで、なにかを作り上げようと夢想し、その実現に奔走していたように見える。

展示資料にはたくさんの葉書が並べられている。特徴のあるかわいらしい字で、いつもデザインチックに手書きされている葉書ばかりなのだが、時々、普通に達者な字のときがある。それが、わたしには何故か、物悲しく思えた。この「普通に達者な字」の彼が、デザインチックな字の奥にいるような気がしたからだ。
デザインチックな字は、一種の「虚構」だし、「舞台」だったのじゃないのかな。つまり「演劇」なのだ。「これでゆく」という創作者の意思表示のように思える。その虚構を、彼は好み、そこに生きる醍醐味を感じながら、47年を生きたのだなぁと思う。「普通に達者な字」なんて生きたくなかったのだろうし、そんなこと、逆に思いもつかなかったのかもしれないなぁ。

晩年は病気がちな中にも、たくさんの人と繋がっていたくて。でも、たくさんのひとにそれぞれ手紙を出すわけにもゆかなくなって、今でいうなら、一斉送信のメルマガみたいなものを、30年前に彼は出しているのだけれど、毎号、それを送る人数が表記される。同じ文面で申し訳ないが、今回は何十名のかたにこれを送ります、というような序文が入るのだ。その人数はどんどん増えるのだけれど、最後のほうになると、逆に減っていっている。かつて、正岡子規が、自分の投稿が新聞に載るのを生きるはりあいにしていたのに、連絡なしにそれが割愛されたとき、新聞社に、それは、闘病中の自分にとって死に等しいと慟哭せんばかりの抗議の便りを送ったという出来事をふっと思い出したりした。

文学館で買った「三輪明宏が語る寺山修司」(角川文庫)という本を昨夜から読み始めている。世田谷文学館では、3月17日に彼が監督脚本した映画「さらば箱舟」の上映が行われるそうだ。「百年たったら帰っておいで」は、そのなかのセリフ。わたしは、東京に生まれ育ちながら、実に牧歌的に、なんにも知らない学生だったなぁと思う。でも、なんでだろうなぁ、「普通に達者な字」の寺山さんのことも知りたく思えたのだ。そんな寺山さんがいたらの話だけれど。
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by kokoro-usasan | 2013-02-04 11:46 | 展覧会 | Comments(0)

「フランダースの光」展 (Bunkamura ザ・ミュージアム)

ここ数ヶ月、中々、ゆっくり自分の時間を楽しむことができませんでしたが、
それは物理的な理由よりも心理的なものの方が大きく、そろそろ、発想を転換
して、程よい風の通り道をいくつか用意しておこうと思うようになりました。

秋ですから、興味深い美術展も目白押しです。気づいてみると、あちこちでポスターを
見かけ、あたかも永久に開催されていそうに思えた「フランダースの光」展も、今月の
24日でもう終了とのこと。その柔らかな光に触れてみたくなり、渋谷へ向かいました。

今回、初めて、これまで食わず嫌いをしていた「音声ガイド」というものを借りてみました
が、結構、いいものなんですね。NHKの「日曜美術館」を観ているような感覚になります。
思い入れのある作品を観る時に、「音声ガイド」は邪魔になるだけですが、ときには、
のんびり、こういうものを聞きながら回ると、思わぬ見所に気づいたりして面白いなと
思います。

ポスターにもなっているエミール・クラウスの作品は、期待通りの美しいものでしたが、
今回、印象に残ったのは、アルベール・セルヴァースという画家の、「全然、明るい
光の差し込んでいない」2作品でした。「聖なる夕べ」と「溺死」。
「フランダースの光」展としては異色の暗さですが、きらきらとしているものばかりが
光ではないのかもしれません。暗く陰鬱ともいえる画面をじっと見つめていると、その
底に潜んでいる「何か」を感じさせます。喩えはまずいかもしれませんが、たとえば
ケーテ・コルヴィッツの無彩色の作品は、その題材からして暗いのですが、では、
「暗いんですね?」と念を押されたら、「いいえ。そんなことはありません」と答えたく
なるのと似ています。

それにしても、第一次世界大戦を機に、絵描きたちの絵が、一様に「黒く厚塗り」に
なったのが、興味深いところです。そういうのが「流行り」だったのだといえば、そう
なのですが、どうして、そういう変化が受け入れられていったのかということ。

わたしは、そうだなぁ。願わくば、今は優しい光の絵が描いてみたいです。
(誰も、わたしに描けとは言ってないのに、なんだかあつかましい発言ですね。笑)
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by kokoro-usasan | 2010-10-13 00:31 | 展覧会 | Comments(2)

金のブラウス/「米原万里展」

今日もいい天気でした。早朝、母と庭いじりをして、朝食のあと、母は友達と近所に外出、わたしは少し遅れて千葉へ向かいました。東京の西郊から副都心を経由して千葉の市川まで。初めて行く場所だったので、ただの外出というより、「旅」気分でゆくことにしました。楽しい!

着いた先は、市川市にある「市川市芳澤ガーデンギャラリー」。1000坪の敷地には、愛らしい庭園と、小さいけれど端正な佇まいの美術館がありました。今日が会期最終日だったのは、絵画展ではなく、「米原万里展」。別の美術館に置いてあったパンフレットでそれを知ってからずっと行きたいなぁと思っていたのですが、やっと今日行くことが叶いました。

この展覧会に寄せて書いた文が、絶筆となってしまったのが、彼女の妹さん(ユリさん)のご主人でもある井上ひさしさんで、期せずして、お二人を偲ぶ形の展覧会になってしまいました。

米原万里展 
http://www.tekona.net/contents/event-details.php?3959
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通訳ガイド時代の米原さん(展覧会のパンフレットより)

米原さんが気に入っていたゴールドのブラウス、アクセサリー、マグカップ、56年の生涯を振り返る数々の写真、部屋に飾っていた絵画、見ているうちに、なんだか、気持ちがしいんとしてきました。新聞の折込チラシの裏に、家の間取り図を書くのが趣味だったようで、そのプロはだしの線描を、生で見ながら、彼女の書斎の本棚に何冊もリフォームの本が並んでいたわけが納得できました。自分で書いた設計図を、そうしたリフォームの本を見たりして何度も手直ししたそうです。「手直しを厭わない」のは、彼女自身の著作に対する姿勢と通じています。とにかく編集者泣かせの手直し屋だったとか。

展覧会の中で、最も心に響いたのは、彼女が敬愛した詩人ネクラーソフについて触れられていた部分でした。物を書くときの、「わたし」とは、誰なのか、ということについて。代表者でも、代弁者でもなく、また好ましい「誰か」であろうとする「わたし」でもなく、ただ、そこに居て、誰かに話し掛けてもらうのを待っている、他の誰でもない「わたし」。文の中の「わたし」が、本当にそういう「わたし」であるかどうかを米原さんは大切にしていた。
そして、それは、ネクラーソフの詩の世界そのものだったと。(その通りの説明ではありませんでしたが、だいたいそのような内容の解説がされていたと思います。)

米原さんの父親は、共産党の幹部で、そのことが、通常の就職を難しくし、それが、彼女を同時通訳という道へ導いていく要因のひとつにもなったようですが、彼女自身は、共産主義のイデオロギーではなく、キョーサンシュギの「心」を持っていた暖かい人だったという言葉も印象的でした。まだ読んだことのない「オリガ・モリソヴナの反語法」を、今度ぜひ読んでみようと思います。
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              美術館の庭のぶどう棚の下で。
        日も傾きかけていたのですが、空はもう夏の色に見えます。

帰り道に立ち寄ったmattyというお店の珈琲も美味しくて、幸せな一日でした。
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by kokoro-usasan | 2010-05-09 22:39 | 展覧会 | Comments(0)

目黒/ベルナール・ビュフェ展他

寒さが和らいできましたね。今日は、早速、目黒区美術館にベルナール・ビュフェ展を
観に行ってきました。久し振りの目黒。権之助坂をてくてくと下ってゆきました。
目黒川沿いの桜はさすがにまだでしたが、陽気のせいか、川面がたゆたゆとのどかに
揺らめいていたのが印象的でした。なんだか、抹茶飴を連想させる色なんですけど。

絵を観に行くと、作者が何歳の時に描いた絵なのかということが、どうもいつも気になり
ます。今回のビュフェは意外に早熟だったのですね。割と早い時期に自分の画風をものに
しています。で、そのまま晩年まであまり変わらなかったというのも、それはそれで、
興味深いことです。惹き込まれる作品が何点かありましたが、記念に買うつもりだった
ポストカードの色合いが、どうも実物とだいぶ違っていて、少し残念でした。
(モノクロのほうは、いいのですが、油彩のほうが・・・。)

今回の思わぬ収穫は、同時開催されていた藤田嗣治展でした。彼が友人に宛てた
絵手紙が、多数展示されていたのですが、その絵の面白さとともに、彼の文章の
お茶目さが際立っていて、フジタって、こんなにユーモアのある人だったんだなと
ちょっと、驚きました。漫画調のイラストも、さすがの描写力で、仕草のニュアンスが
なんとも絶妙でした。他のお客さんも、「面白い人だったんだねぇ」と、皆さん、意外
そうな顔で楽しんでいらっしゃいました。興味が湧いたので、ロビーで売られていた
彼の評伝を買ってみることにしました。どんな生涯を送った人だったのでしょう。

かなり、一生懸命見たので、ちょっと、疲れました・・・。でも、目黒区美術館は好きな
美術館です。こじんまりしていますが、いつも、いいものを見せてくれるので、有り難い
なぁと思っています。

※目黒は、以前、半年ほど、通勤していたこともある街なのですが、短い期間だった
 にも関わらず、降り立つ度に、とても懐かしい気持ちになる街です。都会と下町が
 混在しているというのでしょうか、彼方に見える風景は、都心のそれなのに、行き交う
 人の表情は、みな等身大な感じで、気取りがありません。お隣の恵比寿になると
 もうすこし、オスマシな感じになるのですが。通勤していたころ、あまり、探検しな
 かったのが、少し悔やまれる街です。

※帰りの電車の中で、先日亡くなられた平山郁夫さんの本を読み返しました。
 丸まっている背中が、ちょっと、伸びました。
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by kokoro-usasan | 2010-02-23 23:20 | 展覧会 | Comments(0)


閉じられていないもの


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