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ロゴ入りジャンパー

新聞にこんな記事があった。

「保護なめんな」ジャンパーで受給世帯訪問
毎日新聞2017年1月17日 20時08分(最終更新 1月17日 23時49分)

生活保護受給者を支援する神奈川県小田原市生活支援課の歴代職員計64人が「保護なめんな」などとプリントしたジャンパーを自費で作製していたことが分かった。保護世帯の訪問時などに着ていたという。市は「不適切だった」として着用を禁止、17日に記者会見し、福祉健康部長や副部長、課長ら7人を厳重注意したと明らかにした。

 ジャンパーの胸には漢字の「悪」を描いたエンブレムがあり、ローマ字で「HOGO NAMENNA」(保護なめんな)と記されていた。背中には「不正を発見した場合は、追及し正しく指導する」「不正受給するような人はクズ」という趣旨の英語の文章が書かれていた。

 同課によると、2007年7月に窓口で職員3人が生活保護を打ち切られた男に切りつけられるなどした事件が発生。業務量も多く、職員のやる気が低下していたことから、気分を高揚させ、連帯感を高めようと当時の職員らが製作を始めた。現在は33人の在籍者のうち28人の職員が作っていた。冬に保護世帯を訪問する際、防寒着として着用するなどしていたという。

 加藤憲一市長は「理由はどうあれ、配慮を欠いた不適切な表現。市民に誤解を与えることのないよう指導を徹底したい」とのコメントを出した。【澤晴夫】


33名の在籍職員のうち5名はそのジャンパーを着用しないと決めたのだろう。わたしはその5名のかた、そしていや28名のかたとも、ひとりひとり個別に話を聞いてみたいものだなぁと思う。

つい先日、職務中に判断に困る事案が発生した。そもそも「判断」は、わたしの仕事のひとつでもあるので、なるべくすみやかに善い決断を下したいのだが、時々、どう処理すべきか躊躇することにつきあたる。もちろん、「時間」をかければ、少しは考えをまとめ、脳内でシュミレーションしてみる余裕もあるのだけれど、「今の今」で、打ってでなければならないこともある。

先日の事案は、「今の今」事案で、その際、わたしはやや不適切な判断をしたように思い、しばらく気に病んだ。上の新聞記事のような件とは、まったく話は別で、もっとのどかな話でもあるのだが、よくよく考えてみると、わたしの対応は、「なめんなよ」というロゴを背中に縫い付けたジャンパーを手に持って、相手の前に立っているような態度に近かったのではないかと思うのだ。もちろん、手に持ったジャンパーは、身に纏うことはなかったにせよ、それ相応の威力を発していたように思う。

事案は諍いにもならず、かといって、根本的な解決にもならず、ジャンパーの縫い取りをちらちらと盗み見るひとたちは、とりあえず、静かに話をまとめて帰っていった。

それは、問題に気づきながら、自分の責任でなにかをして失敗するのを恐れ、「知らなかったことにする」という仕事のしかたよりは、少しはマシであったかもしれないが、けして優れた対応ではなかった。ジャンパーを手に持った時点で、わたしはアウトだった。周囲のひとも、あるいは、わたしが応対したひとたちも、それほど、アウトな対応とは思わずに事はおさまったようなのだけれど、自分で自分が許せなかった。

ジャンパーを手にもったのは、わたしの精神の怠惰に他ならないからだ。少ない言葉で、相手に非を指摘したい。あなたの要求は独善的で、他のひとの権利を理不尽に侵害するものだと、ペナルティーをちらつかせて脅す。すこし大げさに言えば、そのような出来事だった。このような対応が絶対にいけないというわけではない。相手が本当に独善的で、考慮の余地があるのに、安易に他者の権利を侵害して自分に利する行為を平然と行おうとしているときなどは、やや強く、それを指摘することが必要なときもある。だが、今回の事案は、すこしだけ、相手にも「やむにやまれぬ事情」があったように見えた。

なにか事情がありそうなことが察せられていたが、相手もまた、「少ない言葉」でごり押ししたいために、人数を集めて「数」で勝とうとしているのが見て取れて、わたしはすこし、穏やかならざる気持ちになった。それで、「ジャンパー」を手にとってしまった。

相手にも問題があったが、わたしがあとで非常に落ち込んだのは、わたし自身の「会話力」の不足が、自分に「ジャンパー」を持たせたのだと自覚せざるを得なかったからだ。「会話力」というのは、「度量」といってもよいと思う。まずは相手の懐に飛び込んでゆく勇気といったらいいだろうか。ジャンパーを持った時点で、わたしは、彼らに、あなたがたの言い分は一切聞かない、と暗にしめしたに他ならない。

それから何日か立つのだが、他人が忘れているようなその日のほんの一コマが、どうもずっとわたしの心を苛んでいて、冒頭の新聞記事を見たときに、「なんて、ひどい。どういう神経か」と思いながら、ふと、動揺したのだ。自分の心の奥にも、「職業としての問答無用」に馴染んでいってしまう過ちの芽が潜んではいまいかと。人間らしい問題の解決を捨象してしまう怠惰と高慢を恐れる。




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by kokoro-usasan | 2017-01-18 11:55 | トピックス

雇用への信頼の失墜について

ゆうべ、ネットを散策していたら、たまたま竹信さんのインタビュー映像に遭遇した。小学生以来の友人が夫婦で通信社の記者をやっているのだが、その彼女がまだ、駆け出しだったころ、朝日新聞社にも夫婦で記者をやっているかたがいるのだと話していたことがあった。そのことが、彼女のその後の結婚や働き方にすこしは影響していただろうか。彼女が言っていた朝日新聞社の記者というのは竹信さんご夫婦のことで、残念ながら、ご主人はある日不慮の事故で亡くなってしまった。竹信さんは何年もその失意のなかにあって、その後やっと「ミボージン日記」という手記を出された。面白いというと語弊があるけれど、ずっと個人的な悲しみのなかにあった彼女が、何年もの闇ののち、ついに、社会を見つめる「記者の目」で、自分の境遇すら分析してみせる再起の一歩を踏み出した著作は、ユーモアも交えた読み甲斐のあるものだった。

きのう目にしたインタヴューは、テーマにあまり興味のないかたにとっては、長くてつまらないかもしれないが、女性で、独身で、介護する身であり、また、まさに「官製ワーキングプア」のその非正規雇用環境に身を置くわたしには、彼女の取材の内容がとてもリアルに実感できるし、共感できた。


竹信三恵子インタビュー  




政府の言う一億総活躍社会という青写真の胡散臭いところは、先日も懸念したが、「所得」モデルを「大黒柱となる男性の稼ぎ手がいる家族の総合計所得」で捉えているところにあるような気がする。大黒柱の所得が伸びないから、家族みんなで働きに出ることを、一億総活躍社会と言っているだけのような気がする。本当は、ひとりひとりの人間が生存権として、望めば、自分の暮らしの生涯設計を自分の給与で組み立てられるような仕事を持って生きていけるような社会を構築できるように法整備してゆくべきなのに、ひとりひとりは飼い殺しのような所得のまま、家族十把一絡げ的に協力することを要請するような法ばかり作ろうとする。まるで、「家庭」が、「非正規派遣業斡旋事務所」みたいに思えてくる。





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by kokoro-usasan | 2016-10-16 11:54 | トピックス

エア・カウンター

現在、福島の原子炉建屋カバーの解体工事をしているとのことで、昼過ぎ、我が家の庭は通常の3倍の放射線量(0・16マイクロシーベルト毎時)をカウントしていましたが、夕方4時の時点では、0・08まで落ちました。風が出てきたこともあるのかもしれません。(通常、我が家の庭は平均0.05です)とはいえ、風が吹いて消えたわけではなくて、別の地域に飛ばされていったということでもあるのでしょう。

東京でもこういう具合ですので、福島は本当に心配です。

福島原発事故はけしてアンダーコントロールではないし、今後も、これ以上の大事に至らないように命がけで手当てしてゆかなけれなならない施設です。なにもなかったかのように、他地域の原発再稼働を容認してゆこうとする国の姿勢は、もはや、責任を取るとらないの問題ではなくて、戦争でもないのに(他国から攻められたのではなく)、みずから自国の国民を命の危険にさらす失政でしかないと思うのですが、どうなのでしょうか。原発の再稼働は、何度も繰り返しになりますが、反対します。再稼働賛成と仰っている地元の皆さんの健康(命・未来)も、わたしは心配しています。本当に稼働させないとだめですか。なぜ、だめですか?



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by kokoro-usasan | 2016-09-15 16:28 | トピックス

ところで。

昨夜は、熊本での地震を知り、珍しく深夜テレビをつけて見ていたのだけれど、NHKの報道があまりに、要領を得ない報道だったのには驚いた。受信料を取っているのに、あんなアマチュアみたいな報道しかできないとは・・・。民放に切り替えてみた。いちいちCMが入るのは致し方ないとしても、テロップなども工夫して、今知りたいと思うことになるべく寄り添う内容を流していた。緊急事態はどこの放送局も同じのはず、でも、この違いはなんだろう、と思いながら、もう一度、NHKに戻すと、10分前と同じ内容の言葉と同じ映像の繰り返しだった。NHKには、アナウンサーはいても、報道のプロはいないように思えた。ときどき、いい報道番組もあるけれど、緊急事態には対応できないということなのだろうか。緊急事態に対応できない(したくない)「みなさまのNHK」では、言葉を失う。

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再稼働なんて、ありえない。
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by kokoro-usasan | 2016-04-15 10:39 | トピックス

砂も燃えていたのです

e0182926_1213038.jpg昨日までの雨があがって、今日はいい天気。季節はあかるいほうへ。

朝刊でとても有り難い情報を得て、目当ての動画を見始めた。ネット音痴のわたしは、環境設定を見落としていて、長らく最新のflash playerが正常に機能しないままお茶を濁していたのだけれど、紹介された動画見たさに、やっと腰をあげ、動作環境を回復させた。不思議なものだなぁ。今までも回復手順を何度か試していたのに、解説の文章がよくあたまに入らなかった。今日は、ふつうにあたまに入った。「あたま」に空き容量ができたのだろうか。パソコンではなくて、わたしの「あたま」の動作環境の問題だったのだな、きっと。

このところ、伊藤明彦さんの「未来からの遺言 ある被爆体験者の伝記」(岩波現代文庫)を読んでいる。伊藤さんは2009年に亡くなられているのだが、まだご存命の頃、自費で被爆証言の取材活動をしているかただという記事を新聞で読み、静かな敬意とともに、切り抜きをしていたのだ。しかし、その「切り抜き」をただ持っているだけで、実際の伊藤さんの著作に触れたこともなく、しかも、訃報を新聞で目にしたときも、寂しさのようなものだけで、著作を取り寄せるまでは心が至らなかった。先日、書店の本棚に、伊藤さんの名前を見つけ、はっとした。嬉しかった。今、大事に読んでいる。

そんな折も折、今朝の新聞のコラムで、広島テレビのサイトに3月31日まで期間限定無料配信されている原爆関係の動画が複数ある旨を知り、それが冒頭の話だ。コラムでは、「碑」という杉村春子さんの朗読番組を紹介してくれており、わたしも、早速、それを観た。

「つなぐヒロシマ」

今は、映像の技術も進み、歴史を検証するにあたって、見事なCGも多く使用されているけれど、人の声だけで構成されたこの番組の喚起力は見事で、価値は大きい。昨今は「映像化」でかえって萎えてしまった想像力というものがあるに違いないと感じながら、その朗読に聴き入った。原爆で亡くなった広島第二中学校1年生と教師の計325名の、その遺族からの証言。当時、生きておられた証言者、つまり子供たちの親御さんも、戦後70年、もはやほとんど亡くなられていることだろう。

原爆というと8月の周辺で話題に上るばかりだけれど、上記の動画は3月31日まで配信されるそうなので、よかったら、是非。

「なぜ、死ななければならなかったのか」を考えるのに「適した季節」などなく、「死ななくてもいい命が、むやみに喪われること」への疑いと怒りは、いつも持ち続けていたい。
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by kokoro-usasan | 2016-03-15 12:52 | トピックス

le monde

きのうのパリ

政府が国会を開かなかったり、さまざまなことが、時期的に、予定通りの様相に感じられてくるのは気のせいだろうか。職場でこんなことをつぶやくと、嫌な顔をされる。

ただ、忘れてはいけないことは、これ。この下段に我が国の当時の首相を入れてもいい。ここに、我が国の当時の官房長官であり、今の首相である人物を入れてもいい。
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by kokoro-usasan | 2015-11-15 12:51 | トピックス

耐震偽装

三井不動産なのか、三井住友建設なのか、旭化成建材なのか、上のほうで、責任のお手玉をしているのが、よくよく見えてくるような横浜大型マンションでの施工不良問題。現在の安倍氏の暴走を苦々しく思っている人なら、この数年ずっと心の奥でくすぶらせていた2005年の「耐震偽装事件」への疑念を、フラッシュバックさせるに足る事件だろうと思う。姉歯という一人の建築士と、小嶋という一人のマンション企画販売会社社長に有罪判決が下ったが、「偽装」が見抜けない、あるいは、「見逃す」、あるいは、それを教唆するような、もっと上の大きな権力へのお咎めはなかった。ましてや、他にも発覚した住友不動産やアパホテルでの偽装は、闇に葬られてしまってそのままだった。アパホテルは、安倍氏の息がかかった企業だから手を出せないのだと、当時言われていた。

たった一人の建築士が、稀に見る「ずぼらであった」ために、あの事件は起きた、というのが、究極の結論であったかのように、それは忘れられていった。姉歯の夫人はその渦中で自殺している。彼女はなにの犠牲になったのだろうか。

それでは、今回も、おそらく、ひどくずぼらで、倫理意識のない、 たった一人か二人の人間の、無責任な仕事のせいで起きたということだろうか。三井不動産、三井住友建設、旭化成建材、これから、もっともっと下請けの会社の名前も出てきそうだ。そして、つまり、そこが悪い、ということになってゆくのだろうか。

大企業を守るために、法人税はあれほど優遇されているのに、それほど優遇された境遇で、彼らは、なにを潤わせているのか。アベノミクスの最初の3本の矢がどこらへんにささっているのか、まったく判然としないが、景気は上向きで、賃金も上昇中、従って、消費税もアップ可能、と政府は嘯く。消費税は、当初、社会保障費に当てると喧伝されてきたが、社会保障費は実質、切り下げられている。防衛費にまわっていると勘ぐられても仕方ないだろう。

言葉は、言霊だから、「言えば、そうなる」という教えが確かにこの国にはあるかもしれないけれど、それはポジティブな意味だけではなく、「空疎なことを言うなかれ、その空疎さのままに瓦解する」というネガティブな意味も持っているはずだ。この国は政権も政治的に、致命的な「耐震偽装」をしているように見える。
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by kokoro-usasan | 2015-10-17 08:22 | トピックス

南スーダンの報告を聞いて。

e0182926_22444362.jpg13日、高輪のユニセフハウスで開かれた南スーダンに関する報告会に出かけた。ユニセフの親善大使を務めるアグネス・チャンが、今月3日から9日まで南スーダンを訪問したその帰国報告だ。

紛争国などから帰国した人の「生の声」を聞くのがわたしは好きだ。本に書いてあることと同じような内容であっても、それを語るひとを目の前にして伝わってくる熱気のようなものは、知識とは別種の思索を胸の底にもたらすような気がする。各所から様々な通知をもらっても、日程の都合でなかなか足を運べないのだが、今回は、とてもいいタイミングで聞きにゆくことができた。

ユニセフの報告会である以上、そのテーマは「子供」を取り巻く世界の実情についてより多くの人に知ってほしいという目的がまずあることと思う。そして、援助を必要としている子供たちに、どう支援を行えば、もっとも望ましい形でそれを達成できるのか、ともに考えていってほしいという願いがあることだろう。この報告会に足を運んだ人間のひとりとして、自分にできることのひとつが、それを紹介することだと考えるので、少し長くなるが、書き残しておこうと思う。

a)
言わずもがなかもしれないが、南スーダンは、その北にあるスーダンから独立したことで、「南スーダン」という国になった。部族による長い紛争の末に2011年に独立したばかりの「世界で一番若い国」だという。今回の報告者であるアグネスさんは、独立前の1999年にも一度、この地を訪問し、当時は、激しい紛争の中で、7万人にも及ぶ子供たちが、学校にも行けず、武器を持たされて戦う「児童兵士」として徴用されている様に胸を痛めたという。2011年の独立後は減ってきていた児童兵士が、最近、また増え始めた。それは、南スーダンの中で、政情定まらず、再び、政府軍と反乱軍による内戦の様相を呈してきたからだ。この状況を視察し、伝えるため、アグネスさんは南スーダンの首都ジュバをまず訪問した。

b)
首都ジュバでは、2012年から日本の自衛隊が国連平和維持活動の一環でインフラ整備などの支援を行なっている。地元のひとたちとの関係性も良好で、子供たちにも慕われているという。また他の支援活動としては、空港での入国管理システムなどの教育も日本からの支援で行われているとのことで、こうした教育は地味なものだが、実はとても大切なもので、有効な支援のひとつではないかとアグネスさんは言っていた。

c)
ところで、南スーダンを訪問するといっても、内戦状態の国を、異国の人間がふらふらと歩き回れるものではないことを、まず頭に入れておかねばならないだろう。戦闘が始まれば命の保証はないわけで、毎日、慎重なブリーフィングを行いながら、比較的安全な場所を訪問することになる。昨日は安全とされていた場所が、いつ危険地域になるかはわからず、予定を変更しながらの訪問となる。アグネスさんが訪問し、子供たちに面会することができたのも、そのように比較的安全の保証された場所に保護された子供たちであり、そうでない地域では、まさに「児童兵士」たちが、毎日のように、戦闘に参加し、その命を脅かされているのだ。

アグネスさんが訪問した地域は、POCと呼ばれる「市民保護区」や"Chirdren's Trauma Center(CTC)"という名の児童一時保護施設のある場所、または小児病院などで、そこには、親や家族を戦闘で失った子供たちや、自らも戦闘で負傷した子、そして、所謂「児童兵士」として戦わされていた身の上から、解放・奪還された子供たちがいた。

子供たちは、それぞれに深い心の傷を負っていて、笑いながら話している子でも、その辛い記憶に触れると、泣き崩れてしまうのだという。目の前で、家族が殺されたり、紛争のなかで、親に捨てられてしまった子供たちの涙を見て、アグネスさんは「泣くことは悪いことではない。辛いことや悲しいことは思い切り泣いていい。たくさん、泣いていい。でも、自分を嫌いになってはいけない。ネガティブな悪い考えが浮かんできたら、いいことを考えて乗り越えてほしい」と子供たちを抱きしめる。

d)
ピーポールという地域には、「コブラ」という名で呼ばれる民兵組織があり、そこには3000人の「児童兵士」がいる。ユニセフは、このコブラの責任者との話し合いで、1300人の子供たちを解放することができたが、戦闘が続けば、また児童兵士は増えてしまう。なぜ、児童兵士になるかといえば、戦闘で親を失った子供たちは、自力では生活できず、そうした組織に入って生き延びてゆくしかないからだ。コブラの児童兵士は、3つのグループに分かれ、だいたい8歳から11歳、11歳から14歳、14歳から19歳に編成され活動しているという。アグネスさんはこのコブラの責任者と会談する機会を得たが、彼も、言葉上は、子供を徴兵することはよくないことと捉え、できれば解放してゆきたいが、自分たちのしていることは、親を亡くし、行き場のない子供たちの受け皿でもあるのだという方便も語る。

ここでアグネスさんは思う。例えば、南スーダンは「独立」はできたが、「自立」することができていない。戦闘ばかり続いた土地には、暮らしてゆくための糧がない。農業をするにも「種ひとつ」なく、牧畜をするにも「牛一頭」いない。人口のほぼ半数が18歳未満の子供というこの国では、国の未来を担う責任者ですら、とても若い。紛争によって学校に行けなくなっている子供が40万人、心理社会的ケアが必要な子供が60万人という中、最も大切な国の政策を考えられるだけの教育が不足している。生まれたときから、戦争のなかにいる子供たちは、武器を持ち、「戦い」で生計を立てる方法しか知らないのだ。だからこそ、武器ではないもので、生計を立てていく道筋をつけてあげる「平和維持活動」が望まれる。児童兵士からの解放を目指すならば、その解放の「受け皿」になるものを用意してあげる必要がある。「戦争」ではない「選択肢」をたくさん作ってあげられるかどうかが、平和維持活動には大事だということなのだろう。現に、今はまだ非常に限られた子供たちだけのものだが、職業訓練校などができ、そこから、自分の暮らしへの道筋を模索する子も出てきている。この「選択肢」を増やしていくということが、南スーダンの子供たちにできるわたしたちの最も有効な支援方法、平和への聡明な人的貢献ではないか、ということになるのかもしれない。

e)
さて、報告の最後に会場から質問が飛んだ。それだけ物資のない貧しい国でありながら、なぜ、豊富な武器があるのか。その出処はどこなのか。南スーダンの国家予算に占める軍事費はどのくらいなのか。キリスト教徒が8割を占める国でありながら、宗教的な支援もしくは、宗教的な解決法はないのか、等。

南スーダンには石油があること、政府軍にしても反政府軍にしても、どちらが最終的に勝ってもいいように、どちらにも武器を供与する世界的勢力が存在するだろうこと。予算にしめる軍事費は40%をしめ、軍人や政府関係者の汚職と考えられる使途不明金も多いこと、宗教的対立というよりは部族間の対立であり、部族間の歩み寄りが、歴史的にも非常に難しいことなどを、その回答として考えることができるが、こうした「どうにもならないような空気に満ちた」ものを一方に抱えながらも、それでも、やはり、難民と呼ばれるひとたちを作らない一歩は、武器を捨てさせ、教育を受けられる環境を作り、その教育がもたらす生産性の掛け算によって、「戦争をしなくても」生きてゆける場を構築し、それを維持してゆくことではないのかと考えれば、それは、結局、遠い南スーダンの話に終わる話ではないことがよくわかる。

人が生きてゆく場所を破壊し荒廃させることほど馬鹿げたことがあるだろうか。これから成長しようとする若い命を、兵士にして死なすことほど、生き物として愚かなことがあるだろうか。やはり、そう思う。

以上、思い出すままに書き流してしまったが、南スーダンの報告を聞いて考えたことのあれこれを書いた。アグネスさんのリポートはユーモアもあって、そのユーモアの中にも、いろいろ考えさせらることがあった。意外にそこが大事な気もしていて、でも、それは内緒にしておこう。自分で折に触れ反芻し、なにかに活かしてゆけたらと思う。足を運んでよかった。
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by kokoro-usasan | 2015-04-15 23:57 | トピックス | Comments(0)

「ニャー」なのだ。

古い話が続くけれど、今度は高校生のときの話。高校は中央線の国立という駅が最寄り駅だったのですが、駅の近くに、確か、「国鉄」の試験施設があったような気がします。何を研究してるのだろかというような会話を仲間でした覚えがあります。で、「リニアだよ」と誰かが言っていた。それが本当かどうか、別に当時は確かめようとも思わなかったのですが、「磁場」が生じるんじゃ、ちょっと、危ないんじゃないの?と、あまり夢のない会話をしたものです。だいたい、どうやったら、そんなに強力な磁場を、毎日、維持できるんだろか。実現はずっと先らしいけど・・・。そんな会話でした。

昨年、岩波の「世界」がリニアを特集していて、あぁ、だんだん、実現への青写真ができてきたのだなと思うとともに、これは無理な計画だと、真剣に思わざるを得ませんでした。長い長い実用化への研究を思えば、研究者、技術者のかたには気の毒なのですけれど、人間へのメリットがほとんどありません。「世界」で、これは、中止すべきだと主張されているのを、まさにと思いながら読みつつも、世の中は、「お祝い」ムードで受け入れていってしまうのだろうなぁと、ちょっと無力感を覚えていました。でも、このところ、「反対」の意思形成が世論の中でだんだん為されていっているのを見て、おや?と思い始めました。

「後出しじゃんけん」のようで、ちょっと不甲斐ないですが、今日、たまたま面白い映像を見つけ、漫画仕立ての割には、「ネコちゃん」の発言が鋭い内容だったので、ここで紹介させていただきます。運転手のいない、磁場の箱に入って、景色も見えないトンネルのなかを、高速で走る。わたしは、ちょっとご遠慮します。若い人は、スマホだけ見て時間をつぶすよって言うでしょうか。スマホ、つながるんでしょかね。


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by kokoro-usasan | 2015-03-09 22:32 | トピックス | Comments(1)

ある卒業の風景

この写真を見たとき、何故だか、ふっと目頭が熱くなりました。これは自由の森学園の卒業式の写真です。卒業生が主役であり、校長先生が、壇の下から、生徒達に祝辞を送っています。巣立ってゆく子供たちを、見上げながら、送る言葉を語る校長先生の胸は、上から訓示を垂れるのとは異なり、未来を担う彼らへの熱い思い、そして、若い命たちへの心からの敬意であふれていたのではないかと思います。
e0182926_1156497.jpg実はわたしの知人の息子さんが、この自由の森学園で教師をしているのですが、それだけでなく、自由の森学園という名は、いろいろなところで耳にします。沖縄の知人がやっている山学校にも、毎年、自由の森学園の子供たちが自然を学びにやってきますし、また、これまで、都内で開かれた様々な社会問題に関するイベントで、彼らが、壇上にあがり、立派に意見を述べているのを、何度か目にしました。みな、むやみに難しい言葉を使うことなく、他者を一方的に責めるような言葉も慎重に避けつつ、平和や、自然保護に関する自分なりの意見を、しっかりと、しかし、穏やかに語っていました。そのたびに、とかく不平じみた理論展開に終始してしまいがちな、自分の頭の構造を恥じたものです。ここの子供たちは、その自由で活発な学びのなかで、他者に対する「包容力」のようなものも身につけているのではないかと羨ましく思えました。それがあるとしたら、彼らは、ある意味で、わたしよりも、既に「大人」であるような気すらするのでした。。

時々読ませていただいている「地給知足」さんのブログで、この卒業式に関する記事が紹介されていましたので、ここに、添付させていただこうかと思います。とにかく、ここにある一枚の写真に、わたしは、胸を打たれたのでした。

地給知足さんのブログより「熱い胸と冷たい頭」
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by kokoro-usasan | 2014-03-29 09:52 | トピックス | Comments(0)


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