自由

かつて、ハンナ・アーレントが言いました。
神には「真理」がある。
しかし、「真理」には「自由」がない。

それはカントの次の言葉から啓示を受けてのものでした。
「わたしたちは、
人間的自由の可能性のために、
真理を犠牲にする覚悟がある」

そのとき、わたしは思ったのです。

神が、「沈黙」するのは、

神の真理からは逸脱して手渡された「自由」を、
人間がどう行使するのか
じっと忍耐強く見つめているからなのだと。

死ぬほどの苦しみも悲しみも、
おまえに与えたその「自由」で乗り越えよ、と。

その自由の意味を深く知れ、と。

「狭き門」とは

「自由をどう使うべきか」という問いかけなのだと
わたしは思っています。

履き違えれば、
その自由は腐り、門は遠ざかります。





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by kokoro-usasan | 2017-03-01 11:46 | つぶやき


閉じられていないもの


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