月影さやかに。
夜、3ヶ月ほど前に入った同僚が楽しそうに話しているのを見ながら、「そろそろ、次の仕事にかからないと、時間内に終らなくなるんじゃないのかな」と心の中で思っている。思っているのに、口に出さない。相手には相手のペースがあるのだから、あまり干渉しないことという教訓が胸のうちに生きているということもあるが、このひとは、こんな段取りで、どう終らせるつもりなのか、黙って観察してみたいという、ひどく薄情な好奇心もあるのだった。無論、どう考えてもこのままではひとりでは終らなくなるだろうというリミットが来たら、一緒に手伝う気でいるので、その塩梅ははかっているが、我ながら、自分は、ひょっとすると、かなりの悪人なのではないかと思い始める。
だめだな、気づきそうにないな。そう思って、さぁ、それじゃ、わたしは、とおもむろに、すこし、大袈裟に締めの仕事を始める動作をする。同僚は、はっとした顔をして、「こんな時間!」とバタバタし始めた。「大丈夫、こちらの残ってる仕事はわたしが全部やっておくから、あなたは、そっちの仕事をとにかく終らせて」走るように、部屋を出てゆく同僚を見送って、この薄情さは、自分が、ひとから指図されることなく育ってきたせいなのかもしれないと思った。それはいいことでもあるが、言い方を変えれば、放任であり、相談する相手も、助けてくれる人もいなかったということでもある。失敗しないように、あれこれ口を出してくれる人がいるというのは煩わしいものかもしれないが、そのおかげで、将来困らずに済んだ、という人も多いだろうと思う。
現に、この仕事についたばかりのころ、先輩方のひとりは、私と一緒に仕事を組むたびに、その日の段取りを確認し、何時ごろには、これをやり、とひとつひとつ指示を出してくださった。そのかわり、融通が利かず、なにかイレギュラーなことが起こった場合は、そのイレギュラーな部分の後始末はわたしに任せ、自分は、時計で測ったように、同じ段取りで仕事をすすめていた。もっとも、わたしはイレギュラーな対応のほうが、性にあっていたようで、その先輩にとっては、使い勝手のよい後輩だったに違いない。
同僚がバタバタしているのを見て、「大丈夫なのかなぁって思ってたんだよね」と言ったら、「先に言ってくださいよーー!」と笑いながら睨まれた。「でもさ、そういうペースなのかなぁという気もしたからさ」とクスクスしながら言い訳したら、「すっかり時間を忘れてたんです!! 」「あ、やっぱりね」(うへーー。いじわる!笑)
多少、慌てたものの、仕事を終らせて、建物を出ると、雲間から顔を出した月はとても冴え冴えと美しく、「ねぇ、月がきれいだよ」と、うしろからついてきた同僚に言った。「あ、ほんとですねぇ」本当に、そうなのだった。「今度から、あとで慌てないように、ちゃんとフォローしてあげるから、安心して」ちょっとからかうように言ったら、「もう!ほんとに、そうしてくださいよ。ペースなんてもんじゃなくて、ただ忘れてるだけですから」と、同僚は、からからと笑った。
なんだろうな、わたしは、きっと、同僚が楽しそうに話しているのをずっと見ていたかったのかもしれないな。きっと、それが一番の理由だったのだろう。イジワルさと紙一重の。
神様みたいさ。
絵 モーリス・ドニ「聖母の接吻」1918年頃
だめだな、気づきそうにないな。そう思って、さぁ、それじゃ、わたしは、とおもむろに、すこし、大袈裟に締めの仕事を始める動作をする。同僚は、はっとした顔をして、「こんな時間!」とバタバタし始めた。「大丈夫、こちらの残ってる仕事はわたしが全部やっておくから、あなたは、そっちの仕事をとにかく終らせて」走るように、部屋を出てゆく同僚を見送って、この薄情さは、自分が、ひとから指図されることなく育ってきたせいなのかもしれないと思った。それはいいことでもあるが、言い方を変えれば、放任であり、相談する相手も、助けてくれる人もいなかったということでもある。失敗しないように、あれこれ口を出してくれる人がいるというのは煩わしいものかもしれないが、そのおかげで、将来困らずに済んだ、という人も多いだろうと思う。
現に、この仕事についたばかりのころ、先輩方のひとりは、私と一緒に仕事を組むたびに、その日の段取りを確認し、何時ごろには、これをやり、とひとつひとつ指示を出してくださった。そのかわり、融通が利かず、なにかイレギュラーなことが起こった場合は、そのイレギュラーな部分の後始末はわたしに任せ、自分は、時計で測ったように、同じ段取りで仕事をすすめていた。もっとも、わたしはイレギュラーな対応のほうが、性にあっていたようで、その先輩にとっては、使い勝手のよい後輩だったに違いない。
同僚がバタバタしているのを見て、「大丈夫なのかなぁって思ってたんだよね」と言ったら、「先に言ってくださいよーー!」と笑いながら睨まれた。「でもさ、そういうペースなのかなぁという気もしたからさ」とクスクスしながら言い訳したら、「すっかり時間を忘れてたんです!! 」「あ、やっぱりね」(うへーー。いじわる!笑)
多少、慌てたものの、仕事を終らせて、建物を出ると、雲間から顔を出した月はとても冴え冴えと美しく、「ねぇ、月がきれいだよ」と、うしろからついてきた同僚に言った。「あ、ほんとですねぇ」本当に、そうなのだった。「今度から、あとで慌てないように、ちゃんとフォローしてあげるから、安心して」ちょっとからかうように言ったら、「もう!ほんとに、そうしてくださいよ。ペースなんてもんじゃなくて、ただ忘れてるだけですから」と、同僚は、からからと笑った。
なんだろうな、わたしは、きっと、同僚が楽しそうに話しているのをずっと見ていたかったのかもしれないな。きっと、それが一番の理由だったのだろう。イジワルさと紙一重の。
神様みたいさ。
絵 モーリス・ドニ「聖母の接吻」1918年頃
by kokoro-usasan
| 2013-10-17 13:38
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