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OLO.The boy from Tibet

地表は強い陽射しにじりじりと焼け付くようだったけれど、東京に、鱗雲の浮かんだ日、学生時代の友人2人と、小石川後楽園(植物園)を散歩した。夜には銀座で呑み会があるので一緒に来ないかと誘ってくれる友人と別れ、わたしは、その足で川崎に向かった。ずっと見たかったドキュメンタリー映画の上映会期がとても短く、この日を逃すことができなかったのだ。

OLO.The boy from Tibet_e0182926_3385296.jpg「オロ」(岩佐寿弥監督(2012)
新聞の紹介記事で読んで以来、ずっと気になっていたもので、ドキュメンタリー映画の好きなわたしは、まばらな上映スケジュールをチェックしながら、いつなら行けるか、もうだめかと、やきもきしていたのだけれど、やっと観られて良かった。

中国の支配下に入り、独自の文化を否定されたチベットでは、将来を担う子供たちを隣国インドに亡命させ、そこでチベット人としてのしっかりした教育を受けさせてやり、国の伝統文化を絶やすことなく、中国からの支配に抗ってゆこうとする非暴力の闘いが続けられているのだという。これは、ダライ・ラマ法王が、難民となってもチベット人として育つことができるようにと環境整備に尽力した結果で、親と離れ、インドに亡命した子供たちはそこにある「チベット子供村」等に寄宿し、そこでチベットの教育を受けることができるように援助されている。

それでも、親と引き離され、命の危険を冒してまでも、国境を越えてゆかねばならない子供たちの運命は、けっして甘いものでは在り得ない。この映画の主人公オロもまた、この世に生を受けて、まだ声変わりもしない僅かな年月のうちに、たったひとりで、社会に立ち混じってゆかねばならない定めを、その身に引き受けている。同じチベット難民でも、家族で亡命した人たちの家庭に招かれて楽しいひとときを過ごしたあと、カメラを向けられても何の表情もつけられなくなっていた無言のオロ、もし言葉にし始めたら自分を支えているものが崩れ落ちてしまいかねないのを押し留めているような彼の固まった表情がなんとも切なかった。

自分を主人公にした映画を作りたいと監督に望まれたとき、オロ少年は、ヒーロー映画の主人公に抜擢されたのかと思い、自分はそんなに強くないと戸惑ったようなのだけれど、いざ、撮影が始まってみると、階段をただ上り下りするところを何回も撮られるだけだったりで、こんなんで大丈夫なんだろうかと心配したと、監督の岩佐さんに人懐こい笑顔を向けていた。そういうところもきゅんとする。こどもたちの表情というのは、哀しみも歓びも、見ているものを引き込んでやまない。

映像の最後で、オロは、岩佐監督に、「おじいちゃんなのに、映画なんか撮っていて疲れないか」と素朴な疑問を投げかける。それは、きっと、疑問などというものではなく、その質問そのものが、オロの、岩佐さんへの深い親愛の情そのものなのだと思える。あとになってふと、自分もそういう子供だったと思い出した。わたしも、自分を可愛がってくれる他者に出会い、特にそのかたが老人だったりすると、そのひとが、もう死んでしまうのではないかと考えて、あとでこっそり泣いたものだ。大袈裟なのだけど、子供には、そういう形で、人生の別れや死を感じ取る瞬間があるのだ。オロもまた、ひとりぼっちで子供村に寝起きしていた自分を見つけて、同じ時間を過ごしてくれた大人の存在は、とても大きく、大きいがゆえに、やがて必ず別れなければならないことを覚悟する子供なりの心の峻厳を持っているに違いない。難民として生きるのであればなおさらだ。

疲れるけれど、映画が好きだし、そしてなにより「チベットが好きだからだよ」と答えた監督に、オロはすっと握手の手を差し出し、驚くほど穏やかでたくましい目で、「ありがとう」と言った。
by kokoro-usasan | 2012-08-20 04:13 | 映画 | Comments(0)


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