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ヤー・チャイカ

このあいだの、よく晴れた日には、雨の歌を聴いていて、こんなにざぁざぁ降りの日には、坂本龍一の「美貌の青空」を聴いているのだから、やっぱり、天邪鬼でしょうか。でも、「美貌の青空」は切ない曲だものね。こんな天気の日に聴くと、より心に沁みます。沁みすぎちゃっていけませんって?そうですね、そこは自己責任でお願いしましょうね。くすっ。

きのうの朝はまだ雨が降っていなくて、庭の花を眺めているうちに、草むしりをすることを思いつきました。きっと、あっという間に季節はうだるような暑さになって、草むしりも、大変なことになるのです。今のうちに、少しずつ抜いておきましょう。ヒヨドリが妙に甲高い声で、鳴きしきる庭で、ひとり黙々と草を抜きました。無心になれて、それは、なかなかいい時間でした。

さて、今朝の朝刊を眺めていたら、「宇宙兄弟」という映画の広告がたくさん出ていて、期待の話題作ということのようなのですが、わたしはそれを見て、池澤夏樹の「ヤー・チャイカ」という小説のことを思い出していました。
池澤さんらしい世界認識に彩られた叙情的な美しい小説だと思います。
この「ヤー・チャイカ」はロシア語で「わたしはかもめ」の意味。1963年に打ち上げられた宇宙飛行船ボストーク6号に搭乗した世界初の女性飛行士テレシコワのコールサインです。無辺の宇宙の彼方で、軌道にのったとき、彼女が地球に送った最初のメッセージが、「ヤー・チャイカ」でした。
きっと、世界中のひとたちが、その声を歓喜にみちた思いで受け取ったことでしょう。

わたしはかもめ

もう、それだけで、詩ですよね。

池澤さんの小説のなかで、その様子は次のように描写されています。

地球は青く、白く、うっすらと雲をまとい、まったく無音の世界に浮いて、彼女の目の下でゆっくりと安定して自転を続けていた。彼女自身はその自転とはまた別の方向に、地球を斜めに帯を掛けるように、なめらかにまわり続けた。地球は彼女の軌道という多彩な糸で四十八回かがられた手鞠になった。

このときに、小説の主人公が感じていたのは、彼女が地球を見つめる視線であり、その、ただ見るだけの、あたかも裁かぬ神のような、静かで祝福された視線に、今、自分が見つめられているという不思議な感動でした。

なにか、こういう感動が生活のなかから消えていっている気がして、彼が「スティル・ライフ」という小説のなかで、外の世界と、自分の内なる世界とを呼応させ調和させることが必要だと説いたときに、その方法として、「たとえば星を見るとかして」と書いていたことに通じていると思うのでした。

それはもちろん、ただロマンチックに星を眺めるなどということではなくて、霧の中で生きる活路を見失いそうになっている人が、宇宙の果てからの、「ヤー・チャイカ」という声に気づく瞬間のことを言っているのかもしれません。

あなたにも、「ヤー・チャイカ」が聴こえますように。
by kokoro-usasan | 2012-05-02 15:49 | ことば | Comments(0)


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