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墨の匂い

今の職場は、事務的な処理はすべてパソコンで行うのですが、来館者の為に、ホワイトボードに様々な予定を書きこむ作業は、いまだに手書きなのでした。まぁ、「本日のお品書き」のようなものです。職員が持ち回りで書きます。

わたしは、子どものころ、ひどくお転婆で、なんとか大人しくさせたいと思った母は、「お稽古」ごとをさせようと目論みました。母自身が多趣味で、毎日、どこかへ習い事に出かけている人だったので、この「野生児」にも、そういう習慣を植え付けようとも思ったのでしょう。有り難かったのは、「なにか、やりたいものある?」と訊いてくれたことでした。小学校2年生のときです。学校から帰ると、裏山探検に出かけるという、れっきとした「地球防衛任務」のあったわたしは、「やりたいこと」といってもなぁと戸惑いましたが、しばらく、「やりたいこと」「やりたいこと」と考えて、まわりの子に、「なにか、やってる?」と訊いた末、近所の「お習字教室」情報を入手し、母に、「お習字教室」と申告しました。母は、お転婆娘が、突然、「お習字」などと言ったので、驚いたと思います。「ほんとに、それでいいの?」とうろたえたに違いありません。
「じっとしてなきゃいけないのよ」と、逆に真顔で脅します。

で、もう細かいことは忘れてしまいましたが、母の脅しにもめげず、お習字道具一揃いを買ってもらい、「地球防衛任務」を週一日お休みしては、ちまちまと、墨をすり、半紙にほにゃら~と字を書くという新たな任務を授かりました。母は、「うちの子、なにしてます?だいじょうぶですか?」と何度も、先生に確認したようです。先生もいい加減呆れて、「お母さん、心配しすぎじゃないですか。静かにやってますよ」と、母がたしなめられているのを見たことがあります。

そうです、わたしは、禅僧のように、静寂の境地。墨は、とてもいい匂いだし、澄んだ水が、硯のなかで、黒々と練れてくる様は、すてきでした。くんくんくん。それに、筆。これが、なんとも、いい。「先生、これ、なんの毛?」「それは、たぬき」「たぬきー」「そう、たぬき。うさぎもあるわよ」「うさぎーー」「うさぎはね、もうすこし、うまくなってからね」「もうすこし、うまくなると、うさぎになるの?」「そう、うさぎになるというか、うさぎの毛にあった字が書けるようになるということよ」「いまは、たぬきなの」「そうね。たぬきね。でも、とても、上手になりましたよ。たぬきさんも喜んでるわ」などという会話に、なぜか、目がきらきらしてしまうのでした。

そんなわけで、地球防衛任務は、週三日もお休みすることになり、わたしは、足しげく、その「たぬきやうさぎ」のいる先生のところに通ったのでした。というのも、先生の家は裏山のすぐ脇にあったので、お習字の帰りに、裏山探検も続けられたのです。

それでも、小学5年のときに、相も変らぬお転婆がすぎて、右腕を骨折し、それが治るのにまた3ヶ月もかかり、ギブス生活に甘んじているうちに、どういうわけかお習字教室は辞めてしまったのでした。それは、地球防衛任務があまり楽しくなくなってきた時期と重なっていました。

考えてみると、たったの4年です。色気を出して、ピアノというのも習ってみたのですが、これは、非凡な不才能を発揮して、バイエルまでしか、進みませんでした。(バイエルに始まり、バイエルに終る。その稀有な不才能は、かのピアノ教師を、何度も激怒させたものです。そのとき出来た眉間の皺のせいで、先生の婚期が遅れてしまったのではないかと今も心配しています)

さてと。月日はながれ。

職場で、よく、きれいな字を書かれますね、と褒めていただくと、わたしは、なんで、あのとき、自分が、「お習字教室」と、母に答えたのか、自分でも不思議で、子どもの「感覚」って、楽しいなぁ、そしてすてきだなぁって思います。うまくなりたいという欲もなにもなく、ただ、毎週、畳に座って墨を磨り、字を書くだけなのに、お転婆な子がそのときだけ、じっと静かにしていたのも不思議です。なにか、へんな知恵がついてから、「ピアノ」とも言ってみたけれど、それは、全然だめだった。そこも、面白い。

あなたは、どんな子どもでしたか。
by kokoro-usasan | 2012-02-15 20:28 | つぶやき | Comments(1)
Commented by めざ at 2012-02-16 13:39 x
私は前人未到の地を踏破すべく、自宅裏の斜面の藪の中で「冒険任務」につとめておりました。
近所の石積みの石垣はすべて登攀し、雨の日はアムンゼンやスコットの南極探検の話や、カーナボン卿のツタンカーメン王墓発掘話を読みふけり、いつか自分も探検にいくのだと思ったのですが・・・、あるとき梯子で家の屋根に上ったのはよいけれど、梯子を下りられないことに気づき(そのときまで高所恐怖症だったとは知らなかった)、やむなく冒険家の道を泣く泣く諦め・・・(中略)・・・現在に至るのでした。


閉じられていないもの


by kokoro-usasan

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