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勁い心

勁い心_e0182926_1174980.jpg朝刊をめくっていたら、中学時代の担任の先生が載っていた。バイカル湖周辺の寒冷地植物に関して行った研究をこのたび写真展の形で発表されたという。もう71歳になられたらしい。この先生に生物を教えていただいたとき、先生はまだ30代後半だった。学究肌で品行方正で、しかも颯爽としていて、非の打ち所のないようなその素敵な先生が、実は、わたしは、ちょっと苦手だった。少し綻びのある人となりのほうが、くつろげるし、信頼できるような気がしていた。しかし私自身もそれなりに優等生だったはずだから、この先生に結構可愛がられそうなものだけれど、先生もまた、わたしを苦手に思っているようで、わたしの親友とは親しげに話すのに、わたしの方はあまり見ようとしない先生に、疎外感を覚えたりもしていた。

先生を見ていると、自分の「優等生ぶり」というのは皮相的なもので、実は人品卑しい人間であることを見抜かれているような、そんな劣等感が感じられてならなかった。わたしの親友などは、家系的に既に優秀であり、勉学というものの捉え方が、一家の歴史として根付いているような家柄だったから、知性というものに、品が備わっているように思えたが、わたしの知性は、どこか徒手空拳で、盥舟で海に繰り出してしまったような貧弱さが見え隠れしていた。上品な先生は、盥舟の子供など嫌いなのだろうと思った。そして、なんとなく、傷ついていた。けれど、その一方で、わたしは、社会通念のひとつひとつを自分の価値観とすり合せしながら、大胆に自由に、喜怒哀楽もそのままに、豪快にシャイに、子供も大人もないようなさばけたつきあいをする別の先生にも出会っており、その懐の中で、社会を発見し始めてもいた。

その後、時期を前後しながら、そのどちらの先生とも会うことはなくなり20年を経過したころ、わたしは、奇しくも両方の方と再会することになった。後者の先生とわたしの関係は、14歳のときのままで、すぐに、お互いの情報を交換し、嬉々としてつきあいが再開するのだが、前者の先生とは、また違う局面を迎えた。
髪が真っ白になった先生は、息子さんを亡くされ、とても憔悴した姿でわたしの前に現れた。職場での偶然の再会だった。苦手意識があったはずなのに、憔悴した先生を見たとき、わたしは、この先生に、自分を認めてもらいたかったのだということに突然気づいた。盥舟でも、懸命に努力して進んでおり、多少、氏素性の怪しいところがあっても、自ら律して、正しく生きてゆきたいと、先生みたいだったらよかったのにと、心の底で憧れていた自分に気づいた。その「ないものねだりの憧れの痛み」の判るのが、後者の先生であり、判ってはもらえないのが前者の先生だと、子供心に感じていたのかもしれない。

ところが、憔悴した先生を見たとき、もう、判ってもらう・もらえないの問題ではなく、自分が、この先生の事情をわかってあげなければならない年齢になっていたし、不思議と、それを受け止める度胸が心のなかに出来ていたのは自分でも驚きだった。「生甲斐がなくなった」という先生に、今、してあげられることは何だろうかと、考えた。

と、偉そうに書いたものの、実は、何にもしなかったのだ。本当に、何にも。でも、時薬によって、先生に笑顔が戻りつつあるのを感じたとき、わたしは、なんだかとてもじんとした。「元気になってきた」と、わたしの顔を、しっかりと見ながら、先生が微笑まれたとき、どんなに鳥肌がたったことか。

それから、また、お会いする機会がなくなり、10年の歳月が流れた。新聞の中の先生は笑っていた。笑って、自分の大好きな植物研究の成果を解説されている。この先生は本当に、強い方だなぁと思った。自分の痛手を勉強で乗りきられた。色々な強さがあるけれど、この先生の場合は、乱れない強さだ。ジェントルマンで、研究熱心で、穏やかな朗らかさで、「美は乱調にあり」などとはけっして言わない先生だ。やっぱり、わたしとは、ちょっと違う。違うけれど、わたしは、この先生もまた尊敬しているに違いないのだ。

「すごいね、先生。」 
記事を切り抜きながら、深呼吸した。
by kokoro-usasan | 2011-11-16 12:25 | トピックス | Comments(0)


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