娘時代というもの
高校1年の時、同級生とふたりで連れ立って帰宅途中、カメラを持った青年に呼び止められた。初冬の頃だった。写真の勉強をしているのでスナップを撮らせてもらえまいかと言う。一緒に歩いていたのは、ニューヨーク帰りの胆の据わった女の子だったから、「あら、まぁ」とにっこり微笑んだりしながら、すでにファインダーの中におさまる気でいる。わたしは、そんな彼女からニ三歩離れて、仏頂面をし、「どうぞ」と、その青年を彼女のほうに冷たく促した。高校時代、わたしは、日々機嫌が悪かったのである。おそらく、青年に対して、ひどく猜疑心の強い、軽蔑に満ちた視線を向けて、とげとげしい態度をしていたと思う。
以前、沖縄の師が苦笑しながら、「なんだか、おまえは太宰のカチカチ山みたいだな」とつぶやいたのは、おそらく、あの太宰独自の諧謔ですっかり趣きを変えた昔話の中の、すこぶる残忍な兎を思い出してのことだったろうか。なにか、こう、やみくもに容赦のないもの。
このことは別の機会にも書いたことがあるのだけれど、とにかく、そのときのわたしは、その青年を、意味もなくひどく見下しており、青年は、おどおどしながら、友人にシャッターを下ろすと、どうもありがとうと、彼女にお礼を言った。厄介なことが済んだとばかりに、わたしがスタスタ、そこを立ち去ろうとすると、彼が「あなたも!」と後から叫んだ。「すみません、あなたも!」わたしは憮然として振り返り、彼を睨みつけたのだけれど、友人は、屈託なく笑って、そうよ、そうよ、撮ってもらいなさいよ、と背中を押すのだった。既に、青年がカメラを構えているので、わたしは、彼を睨みつけた顔のまま、写真の中に収まった、と思う。その青年とはそれっきりだ。
今になって、わたしは、そのときの自分の写真を見てみたいと思う。初冬の通学路で、いかにも敵意を丸出しにして青年を睨んでいる自分の写真である。ひょっとしたら、睨みつけていると思っているのはわたしの記憶の間違いで、案外平凡で無表情な顔をしているだけなのかもしれない。或いは、それさえも誤りで、わたしは、意外に微笑んでいたりするのではないか。
もし、微笑んでいたのだとしたら、それをそうではないと錯誤したまま今に至った自分は、人生そのものも、なにか大きく捉え違えてきたのかもしれないのだけれど、あのときの空の色と空気が、今の時期と重なるものだから、また思い出してしまったのだ。
もし、微笑んでいたとしたら?
もし微笑んでいたとしたら、わたしは、それを見て泣いてしまうに違いない。
「よかった。あなたは、本当は笑っていたのね」と。
以前、沖縄の師が苦笑しながら、「なんだか、おまえは太宰のカチカチ山みたいだな」とつぶやいたのは、おそらく、あの太宰独自の諧謔ですっかり趣きを変えた昔話の中の、すこぶる残忍な兎を思い出してのことだったろうか。なにか、こう、やみくもに容赦のないもの。
このことは別の機会にも書いたことがあるのだけれど、とにかく、そのときのわたしは、その青年を、意味もなくひどく見下しており、青年は、おどおどしながら、友人にシャッターを下ろすと、どうもありがとうと、彼女にお礼を言った。厄介なことが済んだとばかりに、わたしがスタスタ、そこを立ち去ろうとすると、彼が「あなたも!」と後から叫んだ。「すみません、あなたも!」わたしは憮然として振り返り、彼を睨みつけたのだけれど、友人は、屈託なく笑って、そうよ、そうよ、撮ってもらいなさいよ、と背中を押すのだった。既に、青年がカメラを構えているので、わたしは、彼を睨みつけた顔のまま、写真の中に収まった、と思う。その青年とはそれっきりだ。
今になって、わたしは、そのときの自分の写真を見てみたいと思う。初冬の通学路で、いかにも敵意を丸出しにして青年を睨んでいる自分の写真である。ひょっとしたら、睨みつけていると思っているのはわたしの記憶の間違いで、案外平凡で無表情な顔をしているだけなのかもしれない。或いは、それさえも誤りで、わたしは、意外に微笑んでいたりするのではないか。
もし、微笑んでいたのだとしたら、それをそうではないと錯誤したまま今に至った自分は、人生そのものも、なにか大きく捉え違えてきたのかもしれないのだけれど、あのときの空の色と空気が、今の時期と重なるものだから、また思い出してしまったのだ。
もし、微笑んでいたとしたら?
もし微笑んでいたとしたら、わたしは、それを見て泣いてしまうに違いない。
「よかった。あなたは、本当は笑っていたのね」と。
by kokoro-usasan
| 2011-11-14 08:41
| つぶやき
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Comments(5)
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いざ
at 2011-11-14 16:14
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高校1年でしょ、初冬でしょ、知らない青年でしょ、
それだったら睨みつけていないとダメです。(きっぱり!)
と、私なら思います。
それだったら睨みつけていないとダメです。(きっぱり!)
と、私なら思います。
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kokoro-usasan at 2011-11-14 20:04
あはは。いざさんにダメ出しされちゃいましたね。
その習性がどうもいまだに続いているのですが、それはそれでやっぱりダメでしょう?笑。
でも、実は、ちょっと説明しがたい感覚なのですが、あのときの青年、自分の実の兄じゃないかとあとから思うようになったのです。わたし、想像力、逞しすぎますよね。てへへ。
その習性がどうもいまだに続いているのですが、それはそれでやっぱりダメでしょう?笑。
でも、実は、ちょっと説明しがたい感覚なのですが、あのときの青年、自分の実の兄じゃないかとあとから思うようになったのです。わたし、想像力、逞しすぎますよね。てへへ。
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めざ
at 2011-11-14 23:30
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私は中学2年のとき、遠足で行った鎌倉の大仏の前で同級生の女の子と一緒に、知らない外国人のおばさんに「写真撮らせて」と言われて、二人で並んでファインダーにおさまったことがありまする。
おばさんだったからいいか・・・ってことではなく、その時、私たち、たしか学校のジャージ上下を着用していたと思う。緑色のださいやつ。鎌倉は海辺の町だけれど、山もあって、登って下ったところが大仏さまで、そういうところを歩くにはジャージは非常に動きやすいのだけれども、その格好で品川駅から北鎌倉駅まで電車に乗って行ったと思うと・・・。
外国人のおばさんは、緑色の上下着用の中学生をなんと思ったのやら。
「これが日本の中学生なのよぅ~、信じられる?」と写真を見せびらかしたりしたんだろうか。
おばさんだったからいいか・・・ってことではなく、その時、私たち、たしか学校のジャージ上下を着用していたと思う。緑色のださいやつ。鎌倉は海辺の町だけれど、山もあって、登って下ったところが大仏さまで、そういうところを歩くにはジャージは非常に動きやすいのだけれども、その格好で品川駅から北鎌倉駅まで電車に乗って行ったと思うと・・・。
外国人のおばさんは、緑色の上下着用の中学生をなんと思ったのやら。
「これが日本の中学生なのよぅ~、信じられる?」と写真を見せびらかしたりしたんだろうか。
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めざ
at 2011-11-14 23:35
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ところで、いざさんの「高校1年」「知らない青年」は分かるんだけど、
「初冬」は睨みつけるものでせうか?
なんかさあ、春先とか夏休みとかのほうが危険な感じするけど、初冬も危ないですか。
ずーっと前、会社勤めをしていたころ、地下鉄の駅で
「ねえちゃん、そこらで茶~せえへん?」と後ろから声かけられて
振りかえって思いっきり睨みつけたら、同僚だった・・・。
「すっごく恐い顔でしたよ」と言われて凹みました。
「初冬」は睨みつけるものでせうか?
なんかさあ、春先とか夏休みとかのほうが危険な感じするけど、初冬も危ないですか。
ずーっと前、会社勤めをしていたころ、地下鉄の駅で
「ねえちゃん、そこらで茶~せえへん?」と後ろから声かけられて
振りかえって思いっきり睨みつけたら、同僚だった・・・。
「すっごく恐い顔でしたよ」と言われて凹みました。
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いざ
at 2011-11-15 02:59
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閉じられていないもの
by kokoro-usasan
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