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物ごい旅芸人村に入るべからず

午前10時。母をデイサービスに送り出した。さて、昨日の続き。
そういえば余談になるが、明けの明星、あるいは宵の明星とも呼ばれる金星は、
新月と半月の間で、最も美しく輝く。このところの早番勤務で、毎朝この美しい星を
見ることができた。凍る寒さの窓辺から、暗い空に浮かぶあの輝きに出会うと、
そうだ、何もかも失っていいのだ、あの星に己を飾る何があろうか、と思われて、
ささやかに心の平衡を得るのだった。

昨日の続きと書いたけれど、なにを書きたかったのだったっけな。中城ふみ子の
歌集の序文に川端康成の名前を見たときの「いやな感じ」について?
「いやな感じ」というのは、ここでは批判ではない。なにか、未知の感動に出逢おうと
出かけていった先で、既知の人を見かけてしまったような天邪鬼な「それ」である。ふふ。

思いつくままに書き散らそう。
川端康成が好きかと聞かれれば、「別に」と答えてしまいそうだ。作品が好きかと聞かれれば、
「いいね」と答えるだろう。好き嫌いの分かれる作家のはずなのに、どうしてあんなにのぼり
つめたのか、不思議な気もする。皆、あの作家の「何か」を恐れたのじゃないか。それは、
恐れるとともに、「目をかけてもらうこと」を切望させる「何か」だったのだろう。そんなことを
考えている時間はここではないから、ぶっきらぼうにすっ飛ばし、もう本当に気ままに
進もう。

太宰が、芥川賞を取れなかったとき、そのときの選者でもあった川端の言葉に憤激し、反論
といえる文を発表したのは有名な話だ。私は太宰の作品も好きだから、この二人が対決
していると困りそうなものだが、そんなこともない。どちらの言いたいこともよく判るような気
がし、それぞれの性であり、生なのだから、まさにそれでいいのだと思いながら読む。

自分をそこに重ねてしまうのは実に恐縮な話だが、わたしには太宰のような友人がおり、
太宰が川端をいけ好かないたぬきオヤジばりに責めたような、同じタイプの責めを受けた
ことが何度かあるので、こういうことは、結局、黒白を決めることのできない問題なのだ。
深海で反目しあう生物がいたとしたら、わたしたちは、それを、憎みあっているというよりも
「共棲」種かなにかだと思うだろうから。

川端の「いやらしく冷めている」感じが、わたしには、どこか安心なのだ。太宰には、それが
許しがたく思えたとしても。この作者は暮らしが乱れているのではないかと遠まわしに
川端に指摘されて、それがどうしたんだ、と太宰は憤る。おそらく太宰が憤激するのは、
そう指摘されたこと自体ではなく、指摘された「だけ」だということではなかったか。
太宰的には、「そんな自分」こそ認めてもらいたい部分なのである。だが、おそらく
川端は、そういうところで酒を酌み交わせるような育ち方をしていない。自分を律すること
でしか生き延びてこられなかったタイプだ。「愛しているといってくれ」と太宰は叫ぶ。
だが、「物ごい旅芸人 村に入るべからず」、「伊豆の踊子」の半ば、憎からず思った
踊子と過ごす時間の先に、そんな立て札のあるのを、「ただ」記す、そこにそれが
あったとだけ記し、何も説明しないような川端のスタンスは、一生変わらない。貧しき者が
貧しき者を貶める構図など川端にははなから承知のことだし、そうだろうが、なんだろうが、
図太く生きてゆかねばならないことを知った者は、そうとしか書けないのだったから。
だが太宰は怒らなくていい。女を道連れに入水したか、たったひとりでガスのパイプを
咥えたか、それだけの違いなのだから。(いや、もちろん、これは、誤解の生じる言い方
だけれどね)

人に頼まれて「序文」など書いてしまうタヌキな川端康成の、その「調子を変えない」
手堅さがわたしは淋しく、淋しいけれど、捨て難い。ダムの底に沈んだふるさとを
共有しているかのようなあてどなさで。思いがけず見かけたその序文から、ひろ
がっていったモノオモイは、このあと、北条民雄のことなどへ、滲んでいったけれど、
野放図に書き散らすにも限度というものがあるだろう。

わたしはこれから、朝飯のあとの皿を洗い、洗濯をし、夜具を日の光に当てたり
しながら、夕べのくるまで、こまごまと動くのだ。机の上のフリージアの花が開いた。
いい香りがする。









深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処にも光はない 明石海人
by kokoro-usasan | 2011-01-31 11:54 | ことば | Comments(0)


閉じられていないもの


by kokoro-usasan

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