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太古の森からの電話

昨夜、そろそろ午前1時にもなろうという頃、携帯が振動した。
「あのですね。いま、森の中です」

「迷子なんですか」
「いいえ、さっき、いいお酒を呑みましてね、いい気分なので、
 これを、その、なんですかその、・・・」

「で、森の中にいらっしゃるというのは、どのような事情で?」
「これから、家に帰る途中なんです、今回の職場は、ほら、森の奥に
 ありましてですね、森の中を通って帰るわけであり、これがその・・・あの」

やれやれ。

「その森の梢の先に、今、きれいな月が見えるのではありませんか」
と、わたしは訊いた。仕事を終えて帰るとき、東の空に格別大きな満月が冴え冴えと
浮かんでいるのを見ていたからだ。あれから、3時間くらい経っているから、月は
今ごろ中空だろうか。

「あぁ、月、見えますよー。満月かな、こりゃ」

がさがさと枯葉を踏みしだきながら歩く音が、電話の向こうから聞こえる。
白い息が見えるようだ。

凍るように寒く静まり返った夜の森を月明かりに照らされながら歩いていたら、
こういう空気をどんなにかあなたは好きだろうと思い出だされてならなかった
のだと電話の主は言った。あなたは嬉々として、ひとり、逍遥するに違いなく、
自分が今、あなたの代わりにそうやって歩いていることを誇らしく伝えずには
いられなかったのだと。

わたしは、膝においた本のページを閉じ、「森と月をどうもありがとう」と言った。
かさこそと囁く落ち葉たちに見送られながら、その先を歩んでゆく自分の後ろ姿が
ちらりと見えた。


「あのね。あなたね、おれをあんまり腐すなよ」

最後に、酔っ払いが森の中でそうつぶやくのが聞こえた。
「俺はあなたに腐されるとすごくキツイんだからさ。」

なんにも言っていないよと思う。それはいつの話だろかと思う。腐されていると
思うのは、きっとヤマシイことが自分の心にあるからでしょと思うけれど、ほらほら
きっと、そういうところなんだろな、わたしが誰かにキツイ思いをさせてしまうのは。

その森の近くには古墳があるという。わたしはなんだか、「森と月」を貢がれた
卑弥呼のように、ちょっと取り澄まして、「わかりましたよ。腐しませんよ」と答えた。

長い長いつきあいの友人とのこんな会話は、なんだか、他人が聞いていたら、
あまりに間が抜けて聞こえることだろう。支離滅裂だがスジは通っている。
by kokoro-usasan | 2011-01-21 14:17 | 日々 | Comments(0)


閉じられていないもの


by kokoro-usasan

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