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2012年 02月 01日
職場では、普段一人で昼食を取るのだけれど、今日は、同僚と一緒で、同僚がおもむろにテレビのスイッチをいれたものだから、一緒に見る。我が家のテレビは「砂嵐状態」(地デジ未対応)が続いているので、世の中のニュースは、新聞という音のない世界からしか届かないのだが、職場のテレビは、さすがにそんなわけもなく、皆、昼食の際につけて見ている。ひさしぶりに見たテレビのニュースは、なにか、気の滅入るものばかりで、しかも、ただ、嫌な出来事を表面的になぞるだけの、つまりは、ただの羅列で、そこには情報の重要性の優先順位もなにもないかのようなのだった。今日も、気の好い同僚は、それらのニュースにいちいち大きく反応するものの、「へー」とか、「はー」とか言うだけで、条件反射のようなのだ。「どう思う?」と聞かれて、真面目に答えようとするそばから、次のニュースになっており、同僚は、また「どう思う?」と聞く。ほんとに答えてほしいのだろうか。「どう思う?」というのは、ただの「へー」とか「はー」と変わりない感嘆詞みたいなものらしい。 食事の途中だったが、別件で用事が入ってしまったので、わたしだけ、先に昼食を切り上げて、仕事に戻ったが、戻ってちょっとほっとしている自分がいた。わたしの頭は、かなり老化して堅くなっているみたい。そろそろ、家のテレビを地デジ対応にしなくちゃと思っていたのだが、はからずも意欲減退。 昼食時間が短すぎたので、あとで、すこし、休み時間をもらった。ひとりでソファに腰掛けて、「女子学生、渡辺京二に会いに行く」という、とても面白い本を読んだ。津田塾大・三砂ゼミの女子大生たちが、熊本の渡辺京二さんに会いにゆき、色々話を伺ったものをまとめたものだ。渡辺京二さんは、先年、「逝きし世の面影」という本で注目を集めた。これは非常な力作で衿をただして読まねばならないようなところのある本だけれど、「会いにゆく」は、とてもくだけた感じの読みやすい本だ。くだけているけれど、京二さんの言わんとしていることは、時に何か虚をつかれるような見事な達観があり、面白い。結びの一文「無名に埋没せよ」だけでも、読むに値するのではないかと思った。 わたしなど、無名もなにも、もう、ずぶずぶと、目鼻も見えないようなところまで埋没してしまって、せめて、「無名」というところくらいまで、浮かび上がらないといけないようなものなのだけど。 2012年 01月 30日
墓参り。墓地へ向う道は、林の広がる土手沿いのくねくねとした上り坂。夏は鬱蒼と茂っているけれど、冬から早春にかけては、裸木のむこうに薄水色の空が広がる。今日は風もなく、ぽっかり浮かんだ白い雲がのんびりと南へ流れてゆく。冬型気圧配置。それでも、光は春。 墓地は、急な坂の斜面を切り拓いて出来たもので、4段になっている。父の墓はその3段目にあるので、要は、階段を2度上らなければならないのだけれど、これがなかなか急な階段で、しかも、まだ雪が積もっているのだった。下手をすると墓参りで滑って昇天である。おまけに、水道の蛇口をひねっても水が出ない。凍結しているのか、凍結防止のために元栓を止めたのかわからないけれど、とにかく出ない。これでは、掃除ができない。手桶を持ってうろうろしながら、やっと見つけた門前脇の使用可能な蛇口から水を汲んで、また階段を上る。「こんな不親切なことでいいのか」と、もう随分お会いしていないご住職のてらてらと光った頭が目に浮かぶけれど、まぁ、墓参りに来てぶつぶつ思ってはいけないのである。心穏やかにね。笑。 雪の墓地をさくさくと音を立てながら進む。幸い、陽射しはとても暖かく、上着を脱いで、墓掃除。お花は、普通の仏花ではなく、早春の淡いピンクと赤のチューリップにした。見晴らしがいい。山は青紫色にくっきりと峰を連ね、とても勇壮端麗。墓地で心の洗濯というのも妙だけれど、遠出できない身であれば、墓地もまた、心のマチュピチュみたいなものかもしれない。 墓参りのあと、電車で幾駅かのデパートへ。書店の階にあがる途中で、焼き物の展示が目に入り、ちょっと、眺めていたら、「ちょっと、おいで」という声がどこからかする。「いいから、ちょっと、おいで」「こっち、こっち」 展示コーナーの奥で、陶器つくりの実演をしていた人がいたのだ。「お客さん来なくて暇なんだよ。今、ひょっとこの人形作って遊んでるの。見てきなよ」「買わないですよ」「いいよ」「ほら、これ、面白いだろう。こんな顔、ふつうありえないだろう。こんなにひんまがっちゃってさ。しかし、だ。なんだか訳がわからなくなる手前の、なるほど、ひょっとこ、というところを見極める。ここが大事なわけよ。」「ふうん」 その男性は、実際、暇つぶしという態でありながらも、人と話しながら作るひょっとこの人形を、自画自賛するように、慈しみながら作っていて、わたしは、横で、一緒になって、「あ、それいいかも」とか言いながら、形ができるのを見守っていた。つまるところ、この人は、わたしをからかって遊んでいるのである。「ね、これ、買わん? あんたにぴったりだと思ったんだけどな、竹を割ったような姿!」すっきりとした唐津焼の湯のみを手にとって言う。「なんで」とわたしは笑う。「竹を割ったようなこと、まだ、しゃべってないでしょ。」「そ、口から出任せ言っただけ」 今日は何の用事で来たのかと尋ねられ、「本屋」と答えると、「本好きなんだ。一緒だ」 「あんた、別に器、買わなくていいけど、こんど、ひょっとこ、つくりにきなよ」とその人は言った。 なんだか、よく、判らないのだけど、なにか、あの人には、すごく哀しいものが、喉仏のすぐ下位までこみ上げていて、ひょっとこの顔と胴体をくっつけながらも、それに抗っているように見えてしかたなかったのだ。そうでなければ、わたしは、「おいで」と呼ばれて、近づいたりしなかっただろう。 でも、その人も、今ごろ、誰かに言っているかもしれない。今日は、鎖骨の上くらいまで涙のつまった人に会ったぜ、と。 2012年 01月 29日
快晴なれど。風は切るように冷たい。 我が家の裏手の、老人と娘さんしかいなかったはずのお宅に、小さな女の子の声が聞こえるようになったのは、去年の秋ごろからだろうか。庭に出て、おばあちゃんや母親を呼ぶ声が、ほんとうに子供らしい。呼ばれた側も答えているはずのだけれど、大人のくぐもった声なので、子供の可愛い声ばかりが響くのだ。 シャベルを持って、庭石をカンカンと叩く音。なにかを見つけたと驚いたような声。時折、「あら、転んじゃったよ、大丈夫?」と、そのときばかりは大きなおばあちゃんの声がするのもご愛嬌。 相馬御風の「春よ来い」の歌を思い出す。 春よ来い 早く来い あるきはじめた みいちゃんが 赤い鼻緒の じょじょはいて おんもへ出たいと 待っている 春よ来い 早く来い おうちのまえの 桃の木の つぼみもみんな ふくらんで はよ咲きたいと 待っている わたしは、この歌がなんとはなしに好きで、「赤い鼻緒のじょじょ」という言葉も、意味がわかっているのかどうか知れない頃から、うっとりとよく想像していたものだ。ここには、「みいちゃん」の父母だけではなく、祖父母の姿も浮かんでくるような気がして、みんながみいちゃんの成長を祈っている姿が、春そのものの喜びと、本当によく合っているように思う。 学生になってから、わたしは、この歌に似た詩に出会う。それは、御風の詩とはかなり趣きが違うのだけれど、これもまた、わたしの心に深い印象を刻み、忘れ難い。 「ミミコの独立」 山之口貘 とうちゃんの下駄なんか はくんじゃないぞ ぼくはその場を見て言ったが とうちゃんのなんか はかないよ とうちゃんのかんこをかりてって ミミコのかんこ はくんだ と言うのだ こんな理屈をこねてみせながら ミミコは小さなそのあんよで まな板みたいな下駄をひきずって行った 土間では片隅の かますの上に 赤い鼻緒の 赤いかんこが かぼちゃと並んで待っていた 貘は、たくさんの「ミミコ」の詩を書いたけれど、ミミコというのは彼の娘で、本当は「泉」という美しい名前があるのだ。「うるおいのある人になりますように」と願って、彼は娘にそう名づけた。けれど、と、彼は書く。 「泉にその名を問えば その泉が すまし顔して ミミコと答えるのだ」と。高田渡さんがこの詩人の詩を愛したように、わたしも彼の詩が好きだ。 そして、たとえば、胃がんのために、昭和38年に亡くなったこの詩人の詩集の裏表紙にこんな文章を見かけると、なにか、とてもとても、胸が熱くなるのだった。 時間は父にとって無限に自分のものだったように見える。たった59年ぽっちの短い生涯 ではあったけれど、実は何百年、何千年、何万年という果てしない時間を、ちゃっかり 私有していたのではないかと、わたしは密かに疑っているのである。そうでなければ あの悠長な仕事ぶり、ひとつのことに執着し続ける態度、などについて、いったいどんな 説明がつくと言うのであろう。 山之口泉 人の世の幸を思う。 2012年 01月 28日
地震。 防火管理者資格の講習を受けに行っていたとき、余談としてハイパーレスキュー隊の話などを聞きながら、そういえば、と職員の方がつぶやいた。大きな地震は、45分前後に起きるのが不思議なところですね、と。 本当にね、とわたしは思った。1時間の中で、時計の針が45分の近くになって起きた地震だと、わたしはいつも身構えてしまう。今朝の地震もそうだったから、すこし覚悟した。こういう日々は辛いなぁと思う。 職場へ向う道すがら、盲学校の校庭を見下ろしながら歩くのだけれど、校庭にはまだ雪が積もっていて、そのあちこちに、雪だるまが立っている。立っているといっても、もうかなり傾いていたり、頭のほうだけ落ちてしまったりしていて、「雪だるま」もどきの姿になっているものばかりなのだけれど、それでも、それは、昔ながらの方法、つまり、小さな雪の玉からはじめて、くるくるとそれを押して回しながら大きくしていったものとわかる形で、そのいびつな丸さが懐かしくいじらしい。盲学校の子供たちや先生がたが、思い思いにこしらえたものなのだろう。雪。子供たちは、雪をどう感じるのだろうか。気温が低いままなせいか、雪は表面こそ固まっているが、その下は、パウダースノウのままで、さらさらと指の間をこぼれおちてゆく。このあいだ買った鈴木牧之の「北越雪譜」をそろそろ読もうと思う。 牧之は明和7年(1770)魚沼に生まれた。この「雪譜」なる越後の地誌は、はじめ牧之が25歳のときに山東京伝に知遇を得たことから出版の交渉に入るのだが、実際に出版の運びとなったのは、彼が68歳のときだという。その間、滝沢馬琴が出版を引き受ける話になったり、壊れたりと、なかなかの難産だった由。難産だったけれど、出版が立ち消えにはならなかったのには、それなりの価値と執念があったからだろうか。 この頃、越後は豪雪、飢饉によって、惨憺たる有様だったようで、牧之の座右の銘は「忍耐せよ、そして生き続けよ」。わたしが買った本では、訳者の濱森太郎が解説の冒頭に「まず凶年ヲ遁れ死にたく候」という牧之の言葉を引いており、ちょっとぎょっとした。 とはいうものの、一昨日の夜は市川崑監督の「細雪」をDVDで観ていた。ここに降る雪は、まことに妖艶な、熱すら感じる雪なのだった。 2012年 01月 26日
母をデイサービスに送り出してから二度寝した。窓から柔らかい日が差し込んで枕もとを温めていた。そこにそっと顔を埋めた。 随分眠ってしまったような気がしたけれど、1時間足らずだった。髪もほどけてしまったかと思ったけれど、それほど乱れてもなく、そのまま外出できそうだった。今日は休日なのだ。でも、やはりどこにも行くのはやめようと考える。 何故だかある駅のことを思い出していた。ただ一度、海の帰りに寄っただけの駅である。東京郊外のやたらに広々とした街並みに暮しているものにとって、その駅のこじんまりとして、どこか隠れ宿のような感じのする湿り気と温度のようなものは、人肌に添い過ぎて怖いような気すらしたものだ。それは、なにか近隣の秘め事を周囲が皆知っていながら、おくびにも出さずに、「お互い様」の呼吸のような間合いで暮す古都の息遣いを思わせた。わたしは当時、人に笑われこそすれ、素敵だとは思われないような恋をしていたので、余計に、そうした淫靡な(噂好きな)空気感が怖かったのかもしれない。こんな小さな町で暮したら、あそこの家のお嬢さん、知ってる? あー、見た見た、どういうつもりかしらねー。あちこちで後ろ指を指されてしまいそうな気がした。 こういう町に住んでみたいね、という肩越しの人の声をわたしは無視した。 こんな町いやだ。こんな駅、嫌いだ。 今日、思い出したその駅の光景が、今も同じようにあるのかどうかは判らない。 ただ、眠りから覚めたまどろみのなかで、「本当はそこがよかった」と自分で自分に告白する自分がいた。「あそこの家のお嬢さん」など、もうどこにも居なくていい。ただの甘ったれた娘が、小さな町でひっそり好きな男と暮すだけのこと、そのどこがいけない。 海辺の町なら、魚が美味しかっただろうか。 でも、その駅の記憶が朧ろなように、本当にそんな男などいたのかも定かではないくらい、それはもう昔むかしの話だ。 髪を束ねなおして起き上がったわたしは、母の寝床を直しにゆく。昨夜は母がひきつけのようなものを起こし、救急を呼ぶ呼ばないの騒ぎになったのに、今朝はけろりとしていた。 こうして、「あそこの家のお嬢さん」は、もう「お嬢さん」であったことを誰も覚えていない街で、まだ静かに暮らし続けている。 とにかくその科白は「昔々」で始まり、「悲しい話だと思いませんか」で終る。 村上春樹の小説の一節を引くまでもなく、「昔々」にならない話などこの世にはないのだ。ただ違うとすれは、それは、そんなに悲しいことなんかじゃないと、わたしなら書くだろうということだ。 |
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